・ナゾカケロシン(6)

10.そしてエアー・スピリッツ
「あっ、どろぼうねこっ」
誰かがそう言ったような気がした。でもぼくじゃない、そしてぼくは
どう間違っても『どうぼうねこ』なんてよばれる筋合いのものじゃな
いし、そんなかわいいもんじゃない。声がしたほうを見ると入り口の
扉が開いたままで、そこからピンクのツナギ(たぶん清掃員の作業着
なんだろ)、作業帽を被りマスクで牛乳瓶の底みたいなめがねをした
掃除のおばちゃんがモップを持ってこっちを指差している。
うーん、なんかこのシュールな状況はぼくは夢の続きでも見ているの
だろうかとぼーと考えてしまった。
でも、となりの黒装束の女はホントに猫がエモノを狙うようにピンク
色の掃除のおばちゃんを凝視している。
すると彼女が『どうぼうねこさん』なんだろうか、コードネームにし
ては捻りがない、そして掃除のおばちゃんに正体を看破されるという
のもまぬけな話である。
ぼくは掃除のおばちゃんに身構える必要があるとも思えず、黒装束の
女がどういうリアクションをとるのかも興味があったので(実は余り
にも放心してたので、なげやりになっていて)なにもしないで、早々
に傍観していることに勝手にきめてしまった。
「スプリング・ハンター
 その女は『どうぼうねこ』よ
 逃げないように、はやく捕まえてっ」
掃除のおばちゃんは今度はぼくに名指しで指示をだしてきた(ぼくの
コードネームをも知っているとはきっと名のある掃除のおばちゃんに
違いない、そういえば、中津賢也の漫画にそんな感じのやつがある。
それとも、ぼくが掃除のおばちゃんに正体を見破られるほどのまぬけ
なのだろうか、そうかもしれない…)
「このわたしの
 世界一美人でかわいらしいトレジャ・ハンター
 巷で人気上昇中のネットアイドル『みひ〜☆』ちゃん
 の素性を知っているところをみると
 あなたもスメラギの
 手下ね」
黒装束の女はじりじりと迫る究極桜色スイーパーおばちゃん(いま、
ぼくが命名した)と間合いを計りながらにらみ合っている。
ぼくは蚊帳の外、プロレスのレフリーだってこれほどじゃないって程、
この二人に無視されている。
「そういうあんたは
 いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも
 いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、いつも
 いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、い〜っも
 スメラギの諜報活動に絡んできては
 自分だけおいしいところをかっ攫っていく
 大泥棒『みひ〜☆』さんじゃ
 あ〜りませんか
 おひさしぶりね
 前回お会いしたときは
 あんたにお宝の金塊
 丸ごと持ち逃げされて
 わたし、責任取らされちゃったんですよ〜ね」
「ほほほっ
 もう少し探せば
 きっと見つかりますよっ♪」
次の瞬間、究極桜色スイーパーの必殺モップ《剛鉄斬》(こいつは見
かけはただのモップだが、Jマートで買うと980円で買えるくらい
一般的な見たとおりのモップだ)が真一文字に『みひ〜☆』めがけて
一気に振り下ろされる。
『みひ〜☆』はこれをかわすでもなく、ぼくには見えない足捌きで桃
色への間合いを踏み込む、モップが振り切れたと思う間もなく桃色は
宙で空転して身を捻り『みひ〜☆』の衝きをわずかに紙一重ですり抜
ける、『みひ〜☆』も後ろを取られる前に振り返る。
ぼくの瞬く暇もあらばこそ、二人の立ち位置は入れ替わった。
そして『みひ〜☆』は入り口に立つと「すっぴー、じゃぁね〜」と、
ウインクすると消えてしまった。
「あな、悔しや
 またまた、またもや〜っ
 あの『どうぼうねこ』を
 取り逃がしたか」
と桃色掃除のおばちゃん、地団駄を踏み足摺すること都船に置き去り
にされし俊寛僧都もかくやとぞ思う、ぺんぺん。
「まあまあ、掃除のおばちゃん」とぼくは宥めるように声をかけた。
「だれが『掃除のおばちゃん』?」
「…(こわっ)」
「もう、スプリング・ハンター
 いつまでぼっとしているの
 私は『エア・スピリッツ』
 あなたのチームでしょ
 チームのメンバーくらいちゃんと覚えなさいよ」
マスクにめがねに帽子を被った掃除のおばちゃんの格好で、そんなこ
と言われても、そもそもチームの三人ともろくすっぽ話すらろくに交
わしていないっていうのに、いきなり変装で現れて、そんな注文つけ
られてもぼくは困る話である。

掃除の作業着をぱらりと脱ぎ捨てると、黒い革ツナギに銀チェーンを
アクセントに巻いてショート・ボブの女が現れた。エア・スプリッツ
である(なんでもいいけど、あんた暑くないのかよ)
「ところでここにファイア・バード来なかった?」
「ああ、あのファイア・バードだったら
 12人ほど現れて
 ジュエルを連れて空高く飛んでいっちゃったよ」
「12人…
 またあのハデなことやっていったの」
「ハデ…(たしかにあれはハデだったな、モモ太郎侍と引田天功を足
 して2で割って消費税を掛けたようなくらいハデだった)
 まあそんなところ」
「じゃあ、ジュエルは無事ね」
「たぶん」
はたして敵に囲まれて危機一髪の状態とあのファイア・バードに任せ
ちゃったことと、どっちが安全かを秤にかけると、理性的に考えると
すこし心もとないけど、希望的には大丈夫なんじゃないだろうか。
もしかしたら、ジュエルは空を飛べるようになっちゃうかもしれない
けど。
ジュエル救出劇は成功したことを確認して、ちょっと安堵したのか、
彼女はその場にぺたりに座り込んでしまった。
ぼくもそのまま立っていたのではなんだか格好がつかないので、エア・
スピリッツに釣られていっしょに座り込んだ。
「ところで、すっぴー
 あのファイア・バードの技ってどういう仕掛けなの」
「あんたまで『すっぴー』って呼ぶんじゃないわよ
 シバくわよ
 ちゃんと『エア・スピリッツ』さんと呼んで頂戴」
エア・スピリッツは少しご機嫌がよろしくない。ほんとにチェーンで
シメられそうだ。
「まあ、それはいいとして
 あんたも見たでしょ、ジュエルにしてもファイア・バードにしても
 キャラがちょー強烈なもんで、いつもあたしは苦労してるのよ
 なんせ、あの二人の後始末はみんなあたしになっちゃうでしょぉ
 そりゃあたしの必殺技は地味だわよ、ジュエルみたいにNORAD
 のシステムを支援に動かしたり、ファイア・バードみたいに、あの
 マジック、イリュージョンをモサドの資金で開発するみたいなハデ
 さもないしぃさぁ」
エア・スピリッツと一緒に座り込んで失敗したと、ぼくは後悔した。
この様子では彼女は相当の愚痴り屋だ。あのままどこかに場所を移す
んだった。
「どうせ、あたしは実直にシステムに侵入したりクラックする程度の
 しがないハッカーなんだけどね、地震警報システムを誤作動させて
 ジュエル・エッグのスワップ・ジャンプ・ブート(※システムカー
 ネルが一旦スワップエリアに退避した時点で復元のIPLを書き換
 えてジュエル・エッグをロードし起動させる)を助けたり
 監視システム網にファイア・バード制御コアを埋め込んだりするの
 はそれなりにテクも要求される作業だし
 彼女らあたしのテク信頼してくれるしぃ、
 自分でいうのもなんだけど
 あたしっていい仕事してると思うんだけど
 だ・け・ど
 ヘタレ・キャラになっちゃうんだよね」
エア・スピリッツは話の終わりでぼくに確認するかのようにモップの
柄でぼくを小突いてくる。
「そりゃ、私だって目立とうと努力はしてんのよ、
 ほんとはあたしって、こんなレディーズみたいな格好じゃなくって
 ゴスロリみたいのが好きだしぃ、図書館でリルケの詩集なんかを読
 んじゃうような感じぃ?がいいんだけどなぁ
 でも、それだとジュエルのキャラにかぶっちゃうでしょ、かといっ
 て変な格好させたらファイア・バードに敵うわけないしぃ
 しょうがないからこんなバイク便のねーちゃんみたいな中途半端の
 ざましちゃってるわけよ、わかる?」
図書館にいるゴスロリの女、というのも引いちゃうような気もするが、
逆らうとモップの柄で思い切り殴られそうなので、ぼくは返事の適当
さを気づかれない程度に適当に相槌をうった。
「ところで
 なんであれが『ファイア・バード』なの」
このままでいくとエア・スピリッツは内省の果てにどんどん落ち込ん
でいくようなので(べつにそれは構わないんだけど、それに付き合わ
されるのは御免被りたい)ぼくは話題を逸らしてみる。
「ああ、『ファイア・バード』は技の名前じゃないのよ
 彼女がコードネームを『ファイア・バード』と名乗っているので
 『ファイア・バード』が操る技ということで私が勝手に『ファイア・
 バード』って呼んでいるだけなんだけどね
 ホントの名称はクラスタ化物質自己組織化擬似生命制御システムと
 かいうもので、なんでも彼女の恩師は戦時中に陸軍の秘密研究所で
 死なない兵隊の研究をしていて、それを引き継いだ彼女は物質生命
 学の権威であのユダヤ教のカバラに出てくるゴーレムを作る研究を
 して学会に追放されたの。
 マッド・サイエンティストならとにかく、学会に追放されなきゃね、
 それでもその研究に興味をもったイスラエルのモサドに莫大な資金
 援助をもらって地方大学の研究所を隠れミノにしているんだって。
 『ファイア・バード』のコード・ネームは単に彼女『赤とんぼ』が
 好きだからなんだって」
『とんぼ』だったら『ドラゴンフライ』じゃん、なんで『バード』な
んだよと、ぼくは突っ込みたかったが、飲み込んだ。
なんだか今回の仕事は気遣いばかり要求される。
ともかく、あの真っ赤なチャイナ・ドレスにおどろおどろしい金糸刺
繍のトンボの意匠は説明がつく。
「でも、莫大な研究費の援助があるのに
 こんな仕事をするのって変だと思うでしょ」
「うんうん」
「でもね、彼女ってすっごく金に汚いのよ
 この仕事だって3:2:1で自分の取り分が一番大きいの
 あたしなんか目立たないんで1よ、いちぃ〜
 たった、いちぃ〜」
とうとう、エア・スピリッツはぐずぐずと泣き出してしまった。
なるほど、これでは報われない、これでは横綱と格下の付き人のよう
な待遇である。なんとか目立たなければと切迫する気持ちも判らない
こともない。しかし、その努力が却ってヘタレ・キャラになって負の
スパイラルに陥ってしまっていることも否めない。
「ねえねえ
 ぼくたちいつまでここにいなきゃいけないのかな
 ぼくはなんかはやいとこ
 ここのボスと対決しなきゃいけないような
 気がするんだけど
 どうしたらいいとおもう?」
ぼくはエア・スピリッツを宥めるように聞いてみた。
「あっ、そうそう
 あたしったら、そのために来たんだっけ
 スプリング・ハンターごめんごめん
 ここのボス、プロフェッサー・レオのところまで案内するから」
エア・スピリッツはそういうとあっけらかんと立ち上がり、さっさと
廊下に出て行った。
ぼくは彼女の後を追いかけながら、こりゃ確かに1だわと思った。


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のりたま@としあけてしまいました