今日26日から第四回の6者協議が始まるが、北朝鮮の核開発の放棄どころか当面の凍結合意さえもかちえない結果に終わるだろう。それは、核放棄が先だと主張する米国と、「金正日体制の保証」が先だと主張する北朝鮮との溝が埋まらないであろうからである。
 民主主義の布教と世界中から圧政の排除を使命として掲げ、「北朝鮮を圧政の拠点」と名指しした米国としては、北朝鮮の圧政の実態に全く変化がないのに、北朝鮮に対する認識を変えることはできまいし、北朝鮮としては、核の脅しまでして「体制保証」を求めてきた姿勢をここで変えるわけにはゆくまい。結局は協議は持続することだけを決めて物別れということになるのであろう。
 しかし、考えてみると、近世史上他国に自国の体制保証を求めた史実はないのである。 

 キリスト教信者が教会の懺悔室で神父に罪を告白して、神の許しを乞うというのとも違う。これは一体何なのか。自国民から憎しみと恨みをかっている北朝鮮の独裁者金正日とその取り巻きと軍部は、サダム・フセインとバ−ス党のような命運に突き落とされることだけを恐れて米国に命乞いをしているのだ。米国の一撃があれば、瞬時に国民の不満が暴発して、金体制が雲散霧消してしまうことが分かっているからである。
 金体制の崩壊は、アジアのみならず世界のために望むべきことなのだ。
 村上新八