Re: FOXP2はヒトが言語を獲得したことに本当に重要な遺伝子か?
おにりんです。
Hiroyuki wrote:
> なるほど、ヒトにFOXP2が固定されて以降、実際にヒトが言語を
> 獲得してた証拠が明らかとなっている時の間では無理だと考え
> られるということですね。でも、クジラやイルカはともかく、
> 鳥やコウモリは本能の鎖が解けて知能で再構築して随意に発声
> しているというよりは、一度本能の鎖は解けたのだろうけど、
> 他の本能の鎖に連鎖するようになったのでしょう。遺伝的に制
> 御するシーケンスを他の遺伝的な制御シーケンスで正常に機能
> させるのは、確かに長い時間が必要だというのは納得しますが、
> 解けた本能の鎖を知能で制御するのは、本能の鎖を解く段階で
> は遺伝子の変化が必要なので時間がかかりますが、知能で再構
> 築するのは訓練と同じことなので、ヒト個体の寿命の中で可能
> なものではないでしょうか?つまり、FOXP2が本能の鎖を解いた
> とすれば、その直後から発声の随意的な組替えが可能となった
> と考えれるのではないでしょうか?
まず、随意か不随意かというのと、本能か本能でないか、というの
は別ものです。ほとんどの動物の行動、おそらく人間の行動の大部
分も、本質的には本能的なものです。ただし、本能によってドライブ
されていても、そこに、様々な判断を行った上で、調節しつつ行動
しているものは、随意的な行動です。コウモリの話は、ディーコン
の本では語られていませんが、ディーコンの定義は、移動などの
ための、足の運動、手の運動などは、多くの場合随意的な行動だと
しています。で、クジラと鳥類では、呼吸もまた随意的に可能で、
音声の調節もまた、随意的に可能だということなのです。
基本的には、脳幹部からの直接的なコントロールか、大脳からの
コントロールかという違いです。まあ、鳥類の場合は大脳とかいう
のも、だいぶ違うでしょうけれど、脳幹部からの直接行動であれば、
それは、不随意的であり、大脳からのコントロールがきくものは、
随意的ということです。
さて、ネアンデルタール人は、一応、現代人の祖先とは、50万年
前後前に分岐したものとされています。ところが、ネアンデルタール
人については、脊髄の神経束の太さは、現代人並でありこれは、肺の
筋肉のコントロールが現代人なみにできたということです。呼吸だけ
をしている動物では不要な神経系であり、チンプやゴリラなどでも、
そのような神経束の太さはありませんので、これは、ネアンデルタール
人は、随意的で、非常に微妙な肺のコントロールを行っていた証拠と
されます。160万年前のナリオコトメボーイ(ツルカナボーイ、
ホモ・エルガスター)では、神経束の太さは、類人猿並であることが
わかっていますから、彼らは、不随意的な呼吸と連動した音声しか
だせなかったと思います。子音を発声するには、肺からの空気の送り出し
と舌の動き、唇の動きなどが、ミリセコンドの単位で調節される必要
があるのです。鳥の場合は、これらを一カ所の発声器官で行っている
し、また、クジラの場合は、発声器官が基本的には鼻であり、人間の
場合とはかなり違います。人間では、全く系統の違う、肺の呼吸の
運動と、口と舌を同時に調節して連動させて音声を話すということ
になりますから、これには、そうとう太い神経による相互の連結が
ないといけないわけですね。それが、ネアンデルタール人にはある。
だとすると、その起源は、共通祖先にさかのぼる。遅くとも50
万年前には、人間は、質的なものはどうであれ、現代人と同じような
音声によるコミュニケーションを行っていたと考えられます。
ディーコンは、ナリオコトメボーイの神経束の話にふれて、おそらく、
非常に冗長で、ゆっくりとした言語を話していたのだろう、といって
いる。
というわけで、この神経の太さが太くなるには、進化的な時間がかかり、
それは、5万年でできることではないし、5万年前には、すでに完成
していたことがわかっているというわけです。
また、よくいわれる、喉頭の位置の問題ですが、これについても、
ネアンデルタール人は特殊で、喉頭の位置が、類人猿に近い状態で、
よって、母音が2種類程度しか発声できなかったとされています。ところ
が、多くのホモ・エレクトス(ホモ・エルガスターも含むと思われる)で
は、その頭蓋骨の底部の屈曲から考えると、現代人にかなり近い形に
なっています。ネアンデルタール人が類人猿なみになったのは、進化的
には、逆戻りしたようで、おそらく、母音的な言語から、子音的な言語
に移行した可能性があり、それは、ヨーロッパの冷涼な気候と関係して
彼らの鼻が異常に大きくつきでたものになったことと関係あるのではない
かといわれています。この喉頭の位置の問題は、呼吸しながら、ものを
食べることが人間の場合はできず、類人猿やネアンデルタール人では
できる、ということです。もちろん、人間の赤ちゃんでもできます。
これも、いわば、呼吸が随意的になっていないと、喉頭の位置はさがら
ない。それが、100万年前ごろのホモ・エレクトスにおいても、
喉頭の位置が下がっていたとしたら、100万年前には、呼吸が随意的
になっていたと考えられます。
以上から、考えると、随意的呼吸、喉頭の位置、肺への神経束の太さ
などから、音声を主とするコミュニケーションは、遅くとも50万年
前以前に始まっていたと考えられるわけです。
おそらく、ハードウェアとしての音声コミュニケーションは100万年
前には確立していたと思います。
FOXP2を、言語に関わる運動と関係するとする人たちの多くは、子音の
調節などで、FOXP2が関係しているのでは、としています。それは、
FOXP2が壊れたKE家族において、子音の発音などにおいて障害をもって
いるからです。ただし、KE家族では、完全に壊れた状態であって、これ
は、チンプと人との2塩基置換とは違います。たとえ、チンプのFOXP2
を、人間なみにしたところで、肺への神経束の太さ、喉頭の位置、舌骨
の形状などから、言語を操ることは不可能なのです。
おにりん
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