谷村 sakaei wrote:
> "みんなのケンちゃん" <whiteboard21@carrot.ocn.ne.jp> wrote in message >


> ただし、ここから各論に入るわけです。
> 国が直接要介護者を救うことが近代国家でしょうか?
> 国民の自主的助け合いのボランティア精神を尊重してはいけないのですか?
> 国はその活動を支援して奨励していけば暖かい地域社会も復活しますね。
> 費用も安く上がり、景気は良くなりその分補助の費用も増やせるのでは?
> と僕は主張しているわけです。
> 

ぼくの意見の大半は(量的に)納得していだだけたようですね。しかし各論とい
う部分がまだ残っていた、こういうことですね。

この各論のようになることは元々大賛成です。このような社会であってほしいと
心から思います。しかしぼくは残念ながらそのようにはならないものと考えてお
ります。まず、「日本国民は自主的助け合い」などするはずがありまっせん。
従ってボランティアの精神など巻き起こるはずがないのです。

日本人は、まあ、言ってみればケチに出来上がっている。これは必ずしもすべて
が全て日本人の性格の悪さから出ているものとは思っておりません。もう一方で
日本人は緻密で正確な対応をする気質があります。この性格はボランティアには
不向きです。計算高いとも言えるからです。ここではさらに詳しく具体例を引く
ことはさけますが、骨組みだけを言うとそういうことになります。

しかし、政治は、それでもどうにかしなければならないのです。「善意」を発揮
してくれ「れば」とかは政治では禁物です。常に「善意など期待できないとし
て」、方策を立てるものでなければならないのです。日本人は、明らかにおかし
いというのではなく、理想としてはそうだな、ただ自分は損だからいやだ、とい
うような問題には、「みんながやるんであればしょうがないか。」、こう答えを
出すものです。国が国民のこういう気持ちを引き出すこともまた政治なのです。
国民のこういう意識を誘うには国が理想的な観点から先導した方がいい。そうし
なければやたら時だけが経って無い物ねだりをして終わってしまう。こう思う訳
であります。

もちろんぼくチンの立場でも平素からボランティア教育を施す姿勢は大切であろ
うとは思いますよ。それが十分には育たない段階ではどうするか、ここに帰着す
るのです。

谷村さんのような考えが今の若者たちの異常さを引き出していることも付け加え
させていただきます。学校では先生だから言うことを聞く、家庭では親父だから
言うことを聞く、政治では国だから言うことを聞く、これも物事によっては必要
なことなのです。

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みんなんのケンちゃん