《精神的支柱と軍国主義を一緒にして論じる暴論》

以下朝日の記事だ。
(戦前の日本では、国家神道に事実上の国教的な地位が与えられ、神社への参拝が強制された。その国家神道の要が靖国神社だった。靖国神社は軍の宗教施設としての性格を持ち、軍国主義の精神的な支柱という役割を果たした。
日本国憲法が国は宗教的活動をしてはならないと戒めているのは、そうした過去の反省に立っているからだ。)

『軍国主義の精神的支柱?』
宗教無知がとんでもない暴論を宣伝しようとしている。

精神的支柱をしっかり入れることがいけないというのか?
たとえば朝日のやろうの新聞社に精神的支柱を知っかり入れるのが良くない事か?
野球のチームに精神的支柱を入れるのが良くないのか?
じゃプロ野球の開幕に当たって『神社さんに参拝し精神的支柱を入れようとする行為』はいけないことなのか?
宗教無知のとんでもない暴論だ。

良くこれで神社さんの氏子が怒らないで黙っているものだ。
こんな暴論を看過しておいて良いのか?

《精神的支柱と軍国主義は全く次元の違う話。》
朝日と言う宗教無知がとんでもない暴言を吐いている。
強い精神的支柱を持つことと軍国主義を一緒に論じている。
トンでもいない暴言だ。
軍国主義はあくまでも政治の話だ。
それで戦争に至ったとかはあくまでも政治の話だ。
精神的支柱とは全く無関係だ。
精神的支柱の強固なプロ野球チームが勝とうが惨敗しようが神社さんとは関係はまったくない。
当たり前だ。

それをいかにも神社さんに責任があるかのような暴論を朝日は書いている。
神社さんに戦争責任があるかのような主張になっている。
『軍国主義イコール精神的支柱を叩き込んだ神社さん』と論じている。

とんでもない暴論だ。