2−道徳とよき性質

● よき人格の徳:

1−至高のアッラーはこう仰られました:-そしてあなたはこの上ない人格を備えている。,(クルアーン68:4)

2−アブー・アッ=ダルダーゥ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「よき人格よりも
(審
判の日)の(善行の)秤に重いものはない。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承[1])

 3−アムル・ブン・シュアイブがその父親から、そしてその父親が祖父から、そしてその祖父がアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)か
ら
伝えるところによれば、彼は言いました:「“ 最も私の寵愛を享受し、かつ審判の日に私から最も近い場所に座を占める者を教えてやろうか?”すると
人々
は黙り込みました。それで(アッラーの使徒が)それを2回、あるいは3回繰り返すと、人々は言いました:“是非とも、アッラーの使徒よ。”すると彼は
言
いました:“(それは)最も人格の優れた者である。 ”」(アル=ブハーリーとアフマドの伝承[2])

● 最もイーマーン[3]の完全な者は、最も人格の優れた者です。信仰者は優れた人格によって、サラー(礼拝)しサウム(斎戒、いわゆる断食)に勤め
る
者の位階にまで達するのです。そして最も優れた人間は最も人格の優れた者であり、最も優れた信仰者とは最も人格の優れた者なのです。ゆえに優れた人格
を
身に付けることは、金銀を収集することよりも遥かに優れたことなのです。

アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「人々はちょうど金銀の
鉱
脈のような、鉱脈である[4]。そしてジャーヒリーヤ(イスラーム以前の無明時代)において最良であった者は、もし宗教理解を得るならば、イスラーム
に
おいても最良であるのだ。そして魂は(それぞれ)多様に異なった形で集まり合っている。それゆえ互いに似通った者たちは近付き合い、互いに異なった者
た
ちは遠ざかり合うのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[5])

● 最も人格と性質の優れた者:

よき人格と性質を身に付ける、最も容易くかつ最善の方法は預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の手法を模範とすることです。彼の人
格
はクルアーンそのものであり、彼は人々の内で最も優れた内面的及び外面的性質を備えた者でした。彼は持たざる者には与え、彼を虐げる者を許し、親戚関
係
を絶つ者に対しては良い縁を取り持ち、悪に対しては善行でもって返しました。このような事柄が人格の基礎なのであり、私たちがあらゆる状況において彼
の
手法を踏襲すべきゆえんなのです。ただアッラーが預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に特別に定められたことは別であり、よく知られているよ
う
に預言者性や啓示、5人以上の女性との婚姻、彼が結婚した女性は彼以後には他の男性と結婚できないこと、サダカ(施し物)に手を付けないこと、遺産を
残
さないこと、などにおいては彼以外の者がそれを真似することは出来ません。

● ここでは預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がそこへといざない、それらを身に付けるように人々を促したところの重要な人格や
性
質、また彼が備えていた道徳律について取り上げました。それはそれらが全てのムスリムの良い模範となり、また私たちがそれを身に付け、そしてそれを積
極
的に取り入れていくようにすることを目的とするからなのです。

1−至高のアッラーはこう仰られました:-アッラー(との謁見)と来世を望み、アッラーをよく念唱する者にとって、アッラーの使徒は実に良い模範であ
る。,(クルアーン33:21)

2−至高のアッラーはこう仰られました:-許しの心を持ち、善を命じ、無知な者たちから遠ざかれ。,(クルアーン7:199)

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の美徳とよき人格:

1−至高のアッラーはこう仰られました:-そしてあなたはこの上ない人格を備えている。,(クルアーン68:4)

2−アブドッラー・ブン・アムル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は下品なことを口にする
こ
ともなければ、卑俗な性質でもありませんでした。そしてこう言っていたものです:“あなた方の内で最良の者は、もっとも人格の優れた者である。”」
(ア
ル=ブハーリーとムスリムの伝承[6])

3−アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は10年間預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に仕えましたが、彼は私に対して文
句
を言うこともなければ、“どうしてそんなことをした?”とか“どうしてこうしなかった?”とか責めることはありませんでした。」(アル=ブハーリーと
ム
スリムの伝承[7])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の心の広さ:

1−ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者は、何かを請われてそれを断ることはありませんでした。」(アル=ブハーリーとム
ス
リムの伝承[8])

2−イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は最良のお方でしたが、
ラ
マダーン月にジブリール(ガブリエル)と出会われる時には一層良きお方となりました。彼はラマダーン月には毎晩彼と会い、クルアーンを学んだのです。
アッラーの使徒はその善において、恵み深い風よりも良きお方でした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[9])

3−アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、イスラームゆえに何かを請われて、
そ
れを与えないことはありませんでした。ある男が彼のもとを訪れた時、彼は男に山2つの間の羊の群れ全てを贈与しました。男は自分の民のもとに帰ると、
こ
う言いました:“民よ、イスラームを受け入れるのだ。ムハンマドは(この先私たちが)貧困の恐れ(に遭遇すること)もない位の贈り物をしてくれたのだ
か
ら。”」(ムスリムの伝承[10])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の羞恥心:

1−アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は寝室の乙女より
も
羞恥心の強いお方でした。そして彼が何かを嫌っている時には、私たちはその表情からそのことを察することが出来たものです。」(アル=ブハーリーとム
ス
リムの伝承[11])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の慎み深さ:

1−ウマル・ブン・アル=ハッターブ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞
き
ました:“キリスト教徒がマルヤムの子(イーサーのこと)の讃美において度を越したように、私のことを度を越して称えてはならない。私はかれ(アッ
ラー)のしもべの1人に過ぎないのだ。それゆえ(私のことを)こう言うがよい:アッラーのしもべ、アッラーの使徒、と。”」(アル=ブハーリーの伝承
[12])

2−アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、少々知性の衰えた女性がこう言いました:「“アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)
よ、あなたに頼みごとがあります。”(アッラーの使徒は)言いました:“何某の母よ。ちょっとそちらに行きましょう。あなたの頼み事を叶えてやります
か
ら。”それから彼は彼女と道を少し進んで2人きりになると、彼女の頼み事に応えました。」(ムスリムの伝承[13])

3−アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「もし(羊の)腕か、あるい
は
足(の部分のみの質素な食事)に招待されたとしても、私は応じよう。またもし(羊の)腕か、あるいは足(の部分のみ)を贈られたとしても、私はそれを
快
く受け入れたであろう。」(アル=ブハーリーの伝承[14])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の勇敢さ:

1−アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は最善かつ最良のお方でしたが、また最
も
勇敢なお方でもありました。ある晩マディーナの民が(何らかの大きな音を聞いて)恐怖に陥ったことがありましたが、その時人々はその音の方へ(偵察
に)
向かいました。すると彼らは、その方向からやって来るアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と出会いました。彼は人々よりいち早く音の
方
へ向かったのであり、アブー・タルハの裸馬に乗って剣を首からぶら下げていました。そしてこう言っていました:“恐れるのではない。恐れるのではな
い”そして私たちはその馬が駿馬であることを知りました。あるいは確かに駿馬であると知ったのです。そしてその馬は、(その時私たちが見た時)以前は
足
の遅い馬でした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[15])

2−アリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はバドル(の戦役)の日、(戦いに)参加しましたが、私たちはアッラーの使徒(彼にアッ
ラー
からの平安と祝福あれ)を頼みの綱として(戦って)いました。彼は敵に一番近い所に留まり、その日最も力強い者でした。」(アフマドの伝承[16])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の哀れみ深さ:

1−アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、(ある時)1人のベドウィンの男がモスクの中で小便をしました。人々は彼に襲い掛からん
と
して一斉に立ち上がりましたが、そこでアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「彼を放っておけ。そして小便(で汚れた場
所)にバケツ1杯分の水をかけるのだ。あなた方は物事を簡易にするように遣わされたのであり、困難にするために遣わされたわけではないのだから。」
(ア
ル=ブハーリーとムスリムの伝承[17])

2−アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“(物事を)容
易
くし、困難にするのではない。そして(人々を)安らがせ、遠ざからせるのではない。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[18])

 3−アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「アーイシャよ、アッ
ラーはお優しいお方であり、ゆえに優しさを愛でられる。そして優しさに対して、荒々しさやその他の何ものに対しても与えられないものを与えられるの
だ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[19])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の許しの心:

1−至高のアッラーはこう仰られました:-ゆえに彼らを許し、大目に見てやるのだ。実にアッラーは善行の民を愛でられる。,(クルアーン5:13)

2−アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は2つの選択肢がある時、それが
罪
とならない限り、常に容易な方を選んだものです。そして罪となることからは、最も縁遠いお方でした。またアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平
安
あれ)は自らに関することにおいて報復することはありませんでしたが、アッラーの神聖さが侵された時だけはアッラーゆえに報復の処置をとったものでし
た。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[20])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の慈悲の心:

1−アブー・クターダ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はその肩にウマーマ・ビント・ア
ビー・
アル=アースを抱いて現れると、礼拝しました。そして彼がルクーゥ(お辞儀のような形の礼)する時は彼女を足元に置き、そこから起立する時には彼女を
抱
え上げました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[21])

 2−アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はアル=アクラァ・ブン・
ハービス・アッ=タミーミーの座っている前で、(彼の孫)アル=ハサン・ブン・アリーにキスをしました。するとアル=アクラァは言いました:“私には
10人の子供がいるが、その誰にもキスしたことなどない。”するとアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は彼に目をやり、こう言いまし
た:“慈悲のない者は、慈悲をかけられることもない。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[22])

3−アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「人々を礼拝で先導
す
る時には、長引かないようにするのだ。というのも礼拝者の中には弱者や病人、年配者などがいるからである。しかし1人で礼拝する時には、好きなだけ長
引
かせるがよい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[23])

4−そして預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はその小間使いに対し、次のような言葉でその慈悲心を示しています:「彼らはアッラーがあなた
方
の手に委ねられたところの、あなた方の兄弟である。それゆえあなた方が食べるものを彼らにも与え、あなた方が着るものを彼らにも着せるのだ。そして彼
ら
に、彼らが耐え切れないような負荷を課してはならない。もしそうするのであれば、手を貸してやるのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承
[24])

5−また預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、その敵にさえも慈悲心を示しました。アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言っています:
「ユ
ダヤ教徒の小間使いの少年が1人、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に仕えていましたが、(ある時)彼は病に冒されました。預言者(彼に
アッ
ラーからの祝福と平安あれ)は彼を見舞い、彼の頭の近くに腰を下すと、こう言いました:“イスラームを受け入れよ。”すると少年は、そこに居合わせて
い
た父親の方を伺いました。(父親は)彼に言いました:“アブー・アル=カースィム(の言うこと)に従え。”そして(少年は)イスラームを受け入れまし
た。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はそこを後にすると、こう言いました:“彼を地獄から救われたアッラーにこそ、全ての賞賛はあ
り。”」
(アル=ブハーリーの伝承[25])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の笑い:

1−アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)が口を大きく開けて、笑い崩れるの
を
見たことがありません。彼は微笑むだけでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[26])

2−ジャリール(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私がイスラームを受け入れてからというもの、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あ
れ)
は私を遠ざけたりすることがありませんでした。また私を見る時は、いつもその顔に微笑を浮かべていたものです。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承
[27])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の嗚咽:

1−アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は私にこう言いまし
た:“(クルアーンを)読んでくれ。”私は言いました:“アッラーの使徒よ、あなたに啓示されたものをあなたの前で読むというのですか?”(預言者
は)
言いました:“ああ。読むのだ。”それで私は女人章を読みましたが、-それで(審判の日)われら(アッラーのこと)が全ての民に(アッラーの御言葉を
彼
らに伝えた)証人を連れて来たら、そしてあなたを彼ら(不信仰者たち)への証人として連れて来たら、(彼らは一体)どうするつもりだというのか?,
(ク
ルアーン4:41)という句に差し掛かった時、(預言者は)“そこまででよい。”と言いました。顔を上げて見てみれば、彼の両目からは涙が溢れ出てい
ま
した。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[28])

2−アブドッラー・ブン・シュハイル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私はアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が礼拝し
て
いる折、彼がその胸の辺りから、ひきうすを回したときに出るような(低くこごもった)嗚咽を漏らしているのを見ました。」(アブー・ダーウードとアン
=
ナサーイーの伝承[29])

● アッラーに関することにおける預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の怒り:

1−アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)が私の部屋に入って来た時、そこには肖像
画
が描かれた薄手のカーテンがありました。(それを見ると)彼の表情は一変し、カーテンを掴むと、それを引きちぎりました。そして預言者(彼にアッラー
か
らの祝福と平安あれ)は言いました:“これらの物を創作する者たちは、審判の日最も厳しい罰を受ける者たちの仲間となるであろう。”」(アル=ブハー
リーとムスリムの伝承[30])

 2−アブー・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「ある男が預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとにやって来て、こ
う
言いました:“何某が礼拝(を率いる際にそれ)をとても長引かせるので、私は早朝の(集団)礼拝に参加するのが億劫です。”」そして私はその日ほど、
預
言者が訓戒において激しい怒りを表したのを見た事がありませんでした。彼は言いました:“人々(礼拝を率いる者たち)よ、あなた方は(礼拝者たち)に
嫌
な思いをさせている。人々を礼拝で率いるのなら、軽く済ませるのだ。彼らの中には病人や弱者や用事のある者たちもいるのだから。”」(アル=ブハー
リー
とムスリムの伝承[31])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の彼のウンマ(共同体)に対する哀れみの心:

1−至高のアッラーはこう仰られました:-あなた方のもとに、あなた方自身の内から1人の使徒(ムハンマド)が到来したのである。(彼は)あなた方の
(現世と来世における)苦しみを身に沁みて辛く思い、あなた方(が懲罰を受けず信仰にはいること)に懸命で、信仰者たちに哀れみ深く、慈悲深いのであ
る。,(クルアーン9:128)

2−ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ 私とあなた方
(の
関係)を例えて言うならば、ある者が火を焚いた所にバッタや蛾が飛び込んで来たのを追い払うようなものである。そして私こそはあなた方のズボンを掴ん
で、あなた方を地獄(の原因となる諸要因)から遠ざける者なのである。それにも拘らず、あなた方は私の手を離れて果敢にそこへと飛び込んで行こうとす
る
のだ。”」(ムスリムの伝承[32])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の人々に対する愉快さ

アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は私たちを訪れ、私の幼い弟にこう
冗
談を言いました:“アブー・ウマイルよ、アン=ヌガイル[33]はどうしたのだ?”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[34])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の禁欲さ:

1−アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アッラー
よ、
ムハンマドの家族に(最低限の生活に足りるだけの)糧をお恵み下さい。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[35])

2−アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「ムハンマドの家族はマディーナ移住後から彼の死まで、3晩連続でパンを満足に食べたこ
と
はありませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[36])

3−ウルワがアーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)から伝えるところによれば、彼女はこう言ったものでした:「“アッラーにかけて、私の甥よ。私
た
ちは三日月を見、その後また三日月を見、更にまた三日月を見ました‐つまり2ヶ月間で3度三日月を見たのです‐が、(その間)アッラーの使徒(彼に
アッ
ラーからの祝福と平安あれ)の家ではかまどに1度たりとも火がともらないという時がありました。”私(つまりウルワ)は言いました:“叔母さん、一体
何
を生きるための糧としていたんですか?”(アーイシャは)言いました:“2つの黒いもの‐つまりナツメヤシの実と、水です。そしてアッラーの使徒(彼
に
アッラーからの祝福と平安あれ)にはアンサール[37]の隣人たちがおり、彼らには家畜がありました。それで彼らがアッラーの使徒(彼にアッラーから
の
祝福と平安あれ)にその乳を贈り、私たちはそれを飲んでいたのです。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[38])

4−アムル・ブン・アル=ハーリス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(彼が他界し
た
時)、1ディーナール、あるいは1ディルハム、また1人の男女の奴隷も残しませんでした。ただ、彼が生前乗っていた1頭の白いラバと1本の剣、そして
旅
人へのサダカ(施し)とした土地のみを残しただけだったのです。」(アル=ブハーリーの伝承[39])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の公正さ:

アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、(ある時)マフズーミー部族のある女性が盗みを犯した事が、クライシュ族を悩ませていまし
た・・‐
中略‐:それでウサーマ・ブン・ザイドがアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に(その女性の刑罰を免除してもらおうとして)話すと、
彼
は言いました:「アッラーの刑罰においてとりなそうというのか?」そして立ち上がり、説教してからこう言いました:「あなた方以前の者たちは、高貴な
者
が盗みを犯せば放免し、弱者が盗みを犯せば刑を執行する、などということをしていたために滅亡したのだ。アッラーに誓って。もしムハンマドの娘ファー
ティマが盗みを犯すようなことがあれば、私は彼女の手を切るぞ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[40])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の寛大さ:

1−アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「“アッラーの使徒よ、あなたにとってウフドの戦役よりも過酷な時はありました
か?”アッ
ラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“私はあなたの民(クライシュ族)より(過酷な迫害を)被った。そしてその中でも最も
過
酷なものがアカバの日のそれだった。私はイブン・アブド・ヤーリール・ブン・アブド・クラールにイスラームを提示したが、彼は私の望みに応じなかっ
た。
それで私は落胆して去り、カルン・アッ=サアーリブ[41]に到着するまで放心状態にあった。そしてそこで顔を上げた時、私は雲の陰に覆われていた。
見
れば、その雲の中にはジブリール(ガブリエル)がいた。

(ジブリールは私を呼んで)言った:「偉大かつ荘厳なるアッラーはあなたの民の言葉と、あなたに対する彼らの返答をお聞きになられた。それでかれはあ
な
たが(今)彼らに対して望むことを命じさせるべく、山の天使をあなたに遣わされたのだ。」すると山の天使は私を呼び、私に挨拶すると、こう言った:
「ム
ハンマドよ。アッラーはあなたに対するあなたの民の言葉をお聞きになられた。そして私が山の天使である。あなたの主は、あなたのために私を遣わされた
の
だ。一体あなたは私に何をお望みか?お望みならアル=アフシャバーン[42]でもって、彼らを一潰しにしてやるぞ。」

それで私は言った:「いや。私はアッラーが彼らの子孫の中から、かれのみを崇拝して何ものをもかれに並べることのない者たちが生まれ出ることを望むの
だ。」”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[43])

● 預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の忍耐強さ:

1−アブドッラー・ブン・マスウード(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私がアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとを
訪
れた時、彼は具合を悪くされていました。それで私は彼を両手でさすり、こう言いました:“ ひどく具合を悪くされていますよ。”するとアッラーの使徒
(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ああ。私はあなた方2人分の辛さを味わうのだ。”私は言いました:“(ゆえに)あなたには倍の
報
奨があるのですね。”するとアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ ああ、そうなのだ。”」(アル=ブハーリーとムス
リ
ムの伝承[44])

2−フバーブ・ブン・アル=アラッス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私たちがアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)に直
訴
しに赴いた時、彼はカアバ神殿の陰で上衣を枕代わりにして寝ていました。私たちは言いました:“ 私たちを助けてくれませんか?私たちのために祈って
く
れませんか?”すると(アッラーの使徒は)言いました:“あなた方以前の(正しい信仰)者たちは、地面に掘った穴の中に埋められ、鋸で頭を真っ二つに
切
られ、更に鉄の串で肉を骨から剥ぎ取られても宗教を捨てなかったのだ。アッラーにかけて。この件(イスラームへの迫害)は旅人がサヌアーゥからハドゥ
ラ
マウト[45]まで、アッラーと羊を襲う狼以外には何も恐れることなく移動出来るようになるまでに、(最終的には)一件落着するであろう。あなた方は
事
を急ぎ過ぎているのである。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[46])

預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のよき性質

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は最も顔立ちが立派で、かつ最も容姿の優れたお方でした。彼の上背はとても高くはありません
で
したが、低くもありませんでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[47])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は何かを喋る時には、それが分かりやすいように3回繰り返したものでした。そして人々のもとを訪れた時には、
彼
らに3回挨拶したものでした。」(アル=ブハーリーの伝承[48])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は何か恐れるべきことに遭遇すると、こう言いました:“アッラー、彼こそが主。私はかれに何ものをも並べな
い。”」(アン=ナサーイーの伝承[49])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が身を横たえるベッドは、木の繊維が詰められたなめし革製のものでした。」(アル=ブハー
リー
とムスリムの伝承[50])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はとても慈しみ深いお方でした。それで誰かが彼のもとにやって来て何かを(請われ、そしてそれを与える)約束
を
すれば、それが彼の出来ることである限り叶えてやらずにはいませんでした。」(アル=ブハーリーの伝承[51])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の言葉は、それを聞いたいかなる者も理解することが出来るような、(明瞭に)区切られたもの
で
した。」(アブー・ダーウードの伝承[52])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は何かをせがまれればそれを与えずにはいませんでしたが、そう出来ない時には沈黙しました。」(アル=ハーキ
ム
の伝承[53])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はスィワーク[54]を手元におかずには寝ませんでした。そして起床の際には、スィワークで歯を磨いたもので
し
た。」(アフマドの伝承[55])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は(旅路において)後方に退き、弱って(遅れをとって)いるラクダの歩を早めさせ、(後方にいる者たちに)同
乗
し、彼らのために祈願してやったものでした。」(アブー・ダーウードの伝承[56])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は酷寒の時にはサラー(礼拝)を(定刻の)最初の時間帯に済ませ、酷暑の時には(定刻の範囲内で)暑さのほと
ぼ
りが冷めるまで遅らせました。」(アル=ブハーリーの伝承[57])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は何か患った時には、アル=ムアウウィザート[58]を読んで(両手に)息を吹き込み、そしてその手でもって
自
らの体を撫でたものでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[59])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はコフル[60]を付ける時には奇数回付け、イスティジュマール[61]をする時にも奇数回行ったものでし
た。」(アフマドの伝承[62])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は芳しい香りを好みました。」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承[63])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は喜ばしいこと、あるいは嬉しいことがあると、至高のアッラーへの感謝のためにサジダ(伏礼)したものでし
た。」(アッ=ティルミズィーとイブン・マージャの伝承[64])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は何らかの問題に直面した時には、サラー(礼拝)したものでした。」(アフマドとアブー・ダーウードの伝承
[65])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は説教するとその眼が赤くなり、声は大きくなり、いきり立ったものでした。そして“朝に夕に、あなた方のもと
に
敵が来襲するのだぞ。”と言う、軍の警告者のようになったものです。」(ムスリムの伝承[66])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)が家に入ってまず最初にすることは、スィワーク[67]でした。」(ムスリムの伝承[68])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は祈願をする際には、まず自分のことから始めました。」(アブー・ダーウードの伝承
[69])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)が嬉しい時には、その顔はまるで月の一片のように輝いたものでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承
[70])

●「彼は何らかの苦難に直面すると、こう言ったものでした:“永生し、全てを司るお方。私はあなたのご慈悲におすがりします。”」(アッ=ティルミ
ズィーの伝承[71])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は(クルアーンを)ゆっくりと読み、その中でタスビーフ[72](を促す箇所)があればそうし、願い事(をす
べ
き箇所)があればそうし、アッラーのご加護(を乞うべき箇所)があればそうしたものでした。」(ムスリムの伝承[73])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は家族の誰かが病に冒されると、アル=ムアウウィザート[74]を読んで(両手に)息を吹きかけ(、それで
もっ
て病人を撫で)たものでした。」(ムスリムの伝承[75])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はイード・アル=フィトゥル(断食明けの祭り)の日は食事を済ませてから(集団礼拝のために)家を出ました
が、
一方イード・アル=アドゥハー(犠牲祭)の日は食事前に(集団礼拝のために)家を出ました。」(アッ=ティルミズィーとアフマドの伝承[76])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は明日のために何かを蓄えておくことはしませんでした。」(アッ=ティルミズィーの伝承[77])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は妻たちが月経の状態にある時、彼女たちの衣服の上から接触したものでした。」(アル=ブハーリーとムスリム
の
伝承[78])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は月曜日と木曜日のサウム(斎戒、いわゆる断食)を欠かしませんでした。」(アッ=ティルミズィーとアン=ナ
サーイーの伝承[79])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は靴を履いたり、髪を櫛で梳かしたり、体を洗浄することやその他全てのことにおいて、右側から始めることを好
み
ました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[80])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はあらゆる状況において、至高のアッラーを想念していました。」(ムスリムの伝承[81])

● カアブ・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は旅行に出発する時は
殆
どいつでも、木曜日に出発しました。」(アル=ブハーリーの伝承[82])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は(旅行中の)乗り物用の家畜の上にある時は、(キブラを向くことなく)進行上の方角に向かったまま(任意
の)
サラー(礼拝)をしたものでした。そして義務のサラー(礼拝)をする時には(そこから)降り、キブラの方向に向かいました。」(アル=ブハーリーの伝
承
[83])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は妻たちにキスした後、ウドゥー[84]することなくサラー(礼拝)したものでした。」(アン=ナサーイーと
イ
ブン・マージャの伝承[85])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はサウム(斎戒、いわゆる断食)の状態にある時、(妻たちと)キスしたり接触をもったりしました[86]。そ
し
て彼はあなた方の内で、最も自制心の強いお方でした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[87])

●「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は(旅路から帰って来たら)、夜遅く不意に家族のもとを訪れたりはしませんでした。彼は朝か夕に(彼
ら
のもとに)帰ったものです。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[88])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、蜂蜜やお菓子が好きでした。そしてアスル(午後遅く)の礼拝が終わった後は妻たちのもと
に
赴き、妻の1人と2人きりになったものです。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[89])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の最もお気に入りの服は、長衣でした。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承
[90])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は用便の際には、(人々から)遠く離れました[91]。」(アフマドとアン=ナサーイーの伝承[92])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は決まって昼間の早い内に、旅行から帰って来たものでした。そして帰ってきて初めに行くのはモズクであり、そ
こ
で2ラクアのサラー(礼拝)をし、それからそこに座りました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[93])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は皮製の靴を履き、香草とサフランであごひげを黄色く染めていました。」(アブー・ダーウードとアン=ナサー
イーの伝承[94])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はサラー(礼拝)を簡潔に、かつ完全に遂行していました。」(ムスリムの伝承[95])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は太陽が昇るまで、ファジュル(夜明け前の礼拝)をした場所に留まっていたものでした。そして太陽が昇ってか
ら、そこを立ったのです。」(ムスリムの伝承[96])

●「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は中背で肩幅が広く、耳たぶにまで達する(長い)髪でした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承
[97])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の髪は真っ直ぐでも巻き毛でもなくその中間であり、(その)長さは耳と肩の中間辺りにまで達
し
ていました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[98])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は右手に、判子代わりの指輪をしていました。」(アン=ナサーイーの伝承[99])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はグスル[100]した後に、ウドゥー[101]したものです。」(アッ=ティルミズィーと
ア
ン=ナサーイーの伝承[102])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は1ムッド[103]でウドゥーし、1サーア[104]でグスルしたものでした。」(ア
ブー・
ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[105])

●「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、今週は月曜日と木曜日に、翌週は月曜日に、といった形で、1ヶ月に3日間のサウム(斎
戒、
いわゆる断食)をしていました。」(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[106])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は夜の前半を寝て過ごし、その後半を起きて過ごしたものです。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承
[107])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)と彼の家族は夕食にありつけず、何夜も連続して空腹のまま夜を過ごしたものでした。そして彼らのパンといえ
ば、
大方は大麦のそれだったのです。」(アフマドとアッ=ティルミズィーの伝承[108])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“実に私の心は怠慢に襲われる[109]。そして私は1日100回アッラーにお赦し
を
求めるのだ。”」(ムスリムの伝承[110])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“どこかの民の貴賓があなた方のもとを訪れたなら、丁重にもてなすのだ。”」(イブ
ン・マージャの伝承[111])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“アッラーよ、私を貧しき者として生かし、貧しき者として死なせて下さい。そして
(審
判の日)貧しき者たちの1団と共に、私を召集して下さい。”」(イブン・マージャの伝承[112])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“もしあなた方が私の知ることを知ったのなら、余り笑わず、よく泣いたことであろ
う。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[113])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“悦楽の破壊者(死のこと)を多く想念せよ。”」(アッ=ティルミズィーとアン=ナ
サーイーの伝承[114])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“ムスリムは、会えば背き合うようにして、その同胞を3夜以上避け続けることは許さ
れ
ない。そして彼らの内、先に挨拶を始める方がより優れているのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[115])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“邪推をしてはならない。邪推とは最も嘘の際立った話であるから。そして互いに嗅ぎ
回ったり、詮索し合ったり、汚名を着せ合ったり、妬み合ったり、憎しみ合ったり、背を向け合ったりしてはならない。アッラーのしもべという同胞となる
の
だ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[116])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“人を呪う者たちは審判の日、とりなしをする者にもなれなければ、証人にもならない
で
あろう。”」(ムスリムの伝承[117])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“人々の中でも最悪の者は、ある者たちの前では他の者たちの前のそれとは別の顔を見
せ
る、2つの顔を持つ者である。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[118])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“ムスリム同士は兄弟である。(彼らは互いに)不正を働くこともなければ、見捨てる
こ
ともない。そして同胞の必要事に携わる者は、アッラーがその者の必要事に携わられるであろう。そしてムスリムの苦悩を1つ解消してやる者には、アッ
ラー
が審判の日、彼のために苦悩の1つを解消して下さるだろう。またムスリム(の罪)を覆い隠してやる者には、アッラーが審判の日、彼をかくまって下さる
で
あろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[119])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“互いに憎しみ合い、妬み合い、背き合うのではない。アッラーのしもべである同胞と
な
るのだ。そしてムスリムがその同胞を3日以上遠ざけることは、許されない。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[120])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“不正から身を遠ざけよ。実に不正とは審判の日の闇となるのであるから。そして吝嗇
か
ら身を遠ざけよ。実に吝嗇はあなた方以前の者たちを殺人へといざない、また禁じられた物事を合法化させることで、彼らを滅ぼしたのであるから。”」
(ム
スリムの伝承[121])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“(人を)過度に褒め称え(それで見返りを求め)る者たちを見たら、その顔に砂を投
げ
つけるがよい。”」(ムスリムの伝承[122])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“自画自賛するのではない。アッラーこそはあなた方よりもよく、善人をご存知であら
れ
る。”」(ムスリムの伝承[123])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“降りかかった災厄ゆえに、死を望んではならない。もしどうしても死を望まなければ
な
らないのなら、こう言うのだ:「アッラーよ、私にとって生がよいのであるのなら、私を生かして下さい。そして私にとって死がよいのなら、私を死なせて
下
さい。」”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[124])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“同胞を益することが出来る者は、そうしなさい。”」(ムスリムの伝承[125])

●「彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はこう言ったものでした:“アッラーと最後の日を信仰する者は、よきことを話すか、さもなくば黙っているがよ
い。そしてアッラーと最後の日を信仰する者は、隣人を害してはならない。またアッラーと最後の日を信仰する者は、客を歓待するのだ。”」(アル=ブ
ハー
リーとムスリムの伝承[126])

[1] サヒーフ・アル=ブハーリー(54)、サヒーフ・ムスリム(1907)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[2] 真正な伝承。アル=ブハーリーのアル=アダブ・アル=ムフラド(275)、サヒーフ・アル=アダブ・アル=ムフラド(206)、ムスナド・ア
フ
マド(6735)。アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(751)参照。

[3] 訳者注:「8.イーマーンとイーマーンの諸特質」の項参照。

[4] 訳者注:つまりその根源や源泉である部分において、各々大きく異なっているということ。

[5] サヒーフ・アル=ブハーリー(6491)、サヒーフ・ムスリム(131)。文章はムスリムのもの。

[6] サヒーフ・アル=ブハーリー(3559)、サヒーフ・ムスリム(2321)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[7] サヒーフ・アル=ブハーリー(6038)、サヒーフ・ムスリム(2309)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[8] サヒーフ・アル=ブハーリー(6034)、サヒーフ・ムスリム(2311)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[9] サヒーフ・アル=ブハーリー(6)、サヒーフ・ムスリム(2308)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[10] サヒーフ・ムスリム(2312)。

[11] サヒーフ・アル=ブハーリー(6102)、サヒーフ・ムスリム(2320)。

[12] サヒーフ・アル=ブハーリー(3445)。

[13] サヒーフ・ムスリム(2326)。

[14] サヒーフ・アル=ブハーリー(2568)。

[15] サヒーフ・アル=ブハーリー(2908)、サヒーフ・ムスリム(2307)。文章はムスリムのもの。

[16] 真正な伝承。ムスナド・アフマド(654)。アフマド・シャーキルは、真正な伝承経路であると言っています。

[17] サヒーフ・アル=ブハーリー(6128)、サヒーフ・ムスリム(284)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[18] サヒーフ・アル=ブハーリー(6125)、サヒーフ・ムスリム(1734)。

[19] サヒーフ・アル=ブハーリー(6927)、サヒーフ・ムスリム(2593)。文章はムスリムのもの。

[20] サヒーフ・アル=ブハーリー(3560)、サヒーフ・ムスリム(2327)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[21] サヒーフ・アル=ブハーリー(5996)、サヒーフ・ムスリム(543)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[22] サヒーフ・アル=ブハーリー(5997)、サヒーフ・ムスリム(2318)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[23] サヒーフ・アル=ブハーリー(703)、サヒーフ・ムスリム(467)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[24] サヒーフ・アル=ブハーリー(30)、サヒーフ・ムスリム(1661)。文章はムスリムのもの。

[25] サヒーフ・アル=ブハーリー(1356)。

[26] サヒーフ・アル=ブハーリー(6092)、サヒーフ・ムスリム(899)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[27] サヒーフ・アル=ブハーリー(6089)、サヒーフ・ムスリム(2475)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[28] サヒーフ・アル=ブハーリー(5050)、サヒーフ・ムスリム(800)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[29] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(904)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(799)、スナン・アン=ナサーイー
(1214)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(1156)。文章はアブー・ダーウードのもの。

[30] サヒーフ・アル=ブハーリー(6109)、サヒーフ・ムスリム(2107)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[31] サヒーフ・アル=ブハーリー(6110)、サヒーフ・ムスリム(466)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[32] サヒーフ・ムスリム(2285)。

[33] 訳者注:「アン=ヌガイル」はアブー・ウマイルの飼っていた小鳥のことで、このとき既に死んでしまっていました。預言者(彼にアッラーの祝
福
と平安あれ)はそれをご存知になっていましたが、その幼子の気持ちを冗談で和らげようとしたのでした。「アブー・ウマイル」と「アン=ヌガイル」には
押
韻があります。

[34] サヒーフ・アル=ブハーリー(6129)、サヒーフ・ムスリム(2150)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[35] サヒーフ・アル=ブハーリー(6460)、サヒーフ・ムスリム(1055)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[36] サヒーフ・アル=ブハーリー(5416)、サヒーフ・ムスリム(2970)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[37] 訳者注:「アンサール」とは、マッカからマディーナへと宗教迫害を逃れて移住した信仰者たちである「ムハージル」をマディーナで迎え入れ、
財
や住居などの物質的側面と精神的側面から援助した信仰者たちのこと。

[38] サヒーフ・アル=ブハーリー(2567)、サヒーフ・ムスリム(2972)。文章はムスリムのもの。

[39] サヒーフ・アル=ブハーリー(4461)。

[40] サヒーフ・アル=ブハーリー(3475)、サヒーフ・ムスリム(1688)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[41] 訳者注:「カルン・アッ=サアーリブ」とは、一説にはマッカから1昼夜の距離にあり、現在「カルン・アル=マナーズィル」と呼ばれている場
所
のことであるとも言われています。

[42] 訳者注:アブー・クバイス山とその対面に位置するカアイキアーン山の2つの山のことであるとか、あるいはアル=アフマル山とカアイキアーン
山
のことであるなど、諸説あります。

[43] サヒーフ・アル=ブハーリー(3231)、サヒーフ・ムスリム(1795)。文章はムスリムのもの。

[44] サヒーフ・アル=ブハーリー(5667)、サヒーフ・ムスリム(2571)。文章はムスリムのもの。

[45] 訳者注:いずれもイエメン地方の都市のこと。

[46] サヒーフ・アル=ブハーリー(6943)。

[47] サヒーフ・アル=ブハーリー(3549)、サヒーフ・ムスリム(2337)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[48] サヒーフ・アル=ブハーリー(95)。

[49] 真正な伝承。アン=ナサーイーの「アマル・アル=ヤウム・ワッ=ライル」(657)。アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(2070)参
照。

[50] サヒーフ・アル=ブハーリー(6456)、サヒーフ・ムスリム(2082)。文章はムスリムのもの。

[51] 良好な伝承。アル=ブハーリーのアル=アダブ・アル=ムフラド(281)、サヒーフ・アル=アダブ・アル=ムフラド(212)。アッ=スィ
ル
スィラト・アッ=サヒーハ(2094)参照。

[52] 良好な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4839)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(4051)。

[53] 真正な伝承。ムスタドゥラク・アル=ハーキム(2591)。アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(2109)参照。

[54] 訳者注:歯磨き用に用いる、ある特定の種類の小枝のこと。

[55] 良好な伝承。ムスナド・アフマド(5979)。アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(2111)参照。

[56] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(2639)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(2298)。

[57] サヒーフ・アル=ブハーリー(906)。

[58] 訳者注:クルアーンの最後の3章のこと。

[59] サヒーフ・アル=ブハーリー(4439)、サヒーフ・ムスリム(2192)。文章はムスリムのもの。

[60] 訳者注:眼病を予防したりする目的で目の周りに付ける黒い粉のこと。硫化アンチモンを指します。

[61] 訳者注:排便後、水ではなく小石などで汚れた部位を除去すること。

[62] 真正な伝承。ムスナド・アフマド(17562)。アッ=サヒーフ・アル=ジャーミゥ(4680)参照。

[63] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4074)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3435)、ムスナド・アフマド
(26364)。アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(2136)参照。

[64] 良好な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(1578)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1282)、スナン・イブン・マージャ
(1394)、サヒーフ・スナン・イブン・マージャ(1143)。文章はイブン・マージャのもの。

[65] 良好な伝承。スナン・アブー・ダーウード(1319)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(1171)、ムスナド・アフマド
(23688)。

[66] サヒーフ・ムスリム(867)。

[67] 訳者注:歯磨き用に用いる、ある特定の種類の小枝のこと。

[68] サヒーフ・ムスリム(253)。

[69] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(3984)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3371)。

[70] サヒーフ・アル=ブハーリー(3556)、サヒーフ・ムスリム(2769)。文章はムスリムのもの。

[71] 良好な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(3524)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(2796)。

[72] 訳者注:アッラーの完全無欠性、全ての物事から超越する崇高さを讃えること。「スブハーナッラー」という言葉による唱念に代表されます。

[73] サヒーフ・ムスリム(772)。

[74] 訳者注:クルアーンの最後の3章のこと。

[75] サヒーフ・ムスリム(2192)。

[76] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(542)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(447)、ムスナド・アフマド
(23371)。文章はアッ=ティルミズィーのもの。

[77] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(2362)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1925)。

[78] サヒーフ・アル=ブハーリー(303)、サヒーフ・ムスリム(294)。文章はムスリムのもの。

[79] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(745)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(595)、スナン・アン=ナサーイー
(2361)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(2224)。文章はアッ=ティルミズィーのもの。

[80] サヒーフ・アル=ブハーリー(168)、サヒーフ・ムスリム(268)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[81] サヒーフ・ムスリム(373)。

[82] サヒーフ・アル=ブハーリー(2949)。

[83] サヒーフ・アル=ブハーリー(400)。

[84] 訳者注:イスラームにおいて定められたある一定の形式における、心身の清浄化を意図した体の各部位の洗浄。

[85] 真正な伝承。スナン・アン=ナサーイー(170)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(164)、スナン・イブン・マージャ(502)、
サ
ヒーフ・スナン・イブン・マージャ(406)。文章はアン=ナサーイーのもの。

[86] 訳者注:性交にまでは至らない範囲のものです。

[87] サヒーフ・アル=ブハーリー(1927)、サヒーフ・ムスリム(1106)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[88] サヒーフ・アル=ブハーリー(1800)、サヒーフ・ムスリム(1927)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[89] サヒーフ・アル=ブハーリー(4497)、サヒーフ・ムスリム(92)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[90] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(1762)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1444)、スナン・アブー・ダーウー
ド
(4025)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3396)。

[91] 訳者注:屋外においてのことで、人目を避けるためです。

[92] 真正な伝承。ムスナド・アフマド(15746)、スナン・アン=ナサーイー(16)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(16)。アッ=
スィルスィラト・アッ=サヒーハ(1159)参照。

[93] サヒーフ・アル=ブハーリー(3088)、サヒーフ・ムスリム(716)。文章はムスリムのもの。

[94] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4210)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3547)、スナン・アン=ナサーイー
(5244)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4839)。

[95] サヒーフ・ムスリム(469)。

[96] サヒーフ・ムスリム(670)。

[97] サヒーフ・アル=ブハーリー(3551)、サヒーフ・ムスリム(2337)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[98] サヒーフ・アル=ブハーリー(5905)、サヒーフ・ムスリム(2338)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[99] 真正な伝承。スナン・アン=ナサーイー(5197)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4797)。

[100] 訳者注:心身の清浄化を意図した全身の洗浄。

[101] 訳者注:イスラームにおいて定められたある一定の形式における、心身の清浄化を意図した体の各部位の洗浄。

[102] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(107)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(93)、スナン・アン=ナサーイー
(430)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(246)。文章はアン=ナサーイーのもの。

[103] 訳者注:ムッドは両手一杯に相当する量を指し、1サーアの4分の1にあたります。

[104] 訳者注:サーアはマディーナの計量単位の1つで、果実や種子・穀物類などに用いられます。1サーアは4ムッドに相当します。

[105] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(92)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(83)、スナン・アン=ナサーイー
(347)、
サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(336)。文章はアン=ナサーイーのもの。

[106] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(2451)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(2141)、スナン・アン=ナサーイー
(2365)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(2273)。文章はアン=ナサーイーのもの。

[107] サヒーフ・アル=ブハーリー(1146)、サヒーフ・ムスリム(739)。文章はムスリムのもの。

[108] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(2360)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1923)ムスナド・アフマド
(2303)。文章はアフマドのもの。アル=アルナウートは真正な伝承経路であると言ったいます。

[109] 訳者注:預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は非常に多くのズィクルやイバーダ(諸々の崇拝行為)などを自らに課し、
ま
たそこにおいて常日頃から厳しく自己監視していました。そこでそれらを不注意などから怠ってしまった場合には、それを自らの基準において罪と見なしま
し
た。

[110] サヒーフ・ムスリム(92)。

[111] 良好な伝承。スナン・イブン・マージャ(3712)、サヒーフ・スナン・イブン・マージャ(2991)。

[112] 良好な伝承。スナン・イブン・マージャ(4126)、サヒーフ・スナン・イブン・マージャ(3328)。イルワール・アル=ガリール
(861)、アッ=スィルスィラト・アッ=サヒーハ(308)参照。

[113] サヒーフ・アル=ブハーリー(4621)、サヒーフ・ムスリム(2359)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[114] 良好かつ真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(2307)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1877)スナン・アン=ナ
サーイー(1824)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(1720)。

[115] サヒーフ・アル=ブハーリー(6237)、サヒーフ・ムスリム(2560)。文章はムスリムのもの。

[116] サヒーフ・アル=ブハーリー(6066)、サヒーフ・ムスリム(2563)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[117] サヒーフ・ムスリム(2598)。

[118] サヒーフ・アル=ブハーリー(6058)、サヒーフ・ムスリム(2526)。文章はムスリムのもの。

[119] サヒーフ・アル=ブハーリー(2442)、サヒーフ・ムスリム(2580)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[120] サヒーフ・アル=ブハーリー(6065)、サヒーフ・ムスリム(2559)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[121] サヒーフ・ムスリム(2578)。

[122] サヒーフ・ムスリム(3002)。

[123] サヒーフ・ムスリム(2142)。

[124] サヒーフ・アル=ブハーリー(6351)、サヒーフ・ムスリム(2680)。文章はムスリムのもの。

[125] サヒーフ・ムスリム(2199)。

[126] サヒーフ・アル=ブハーリー(6475)、サヒーフ・ムスリム(47)。文章はアル=ブハーリーのもの。

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