# とりあえずグループ変えません。

At Fri, 31 Oct 2003 20:34:00 +0900,
in the message, <bnth9s$c8h$1@newsl.dti.ne.jp>,
"Yuuichi Naruoka" <ynaru@jade.dti.ne.jp> wrote
>"NAKAMURA Kazushi" <kaz@kobe1995.net> wrote in message news:031030221230.M0218105@ns.kobe1995.net...
>> そう言えば、昨日の新聞にサーキットのいわゆる「死の誓約書」
>> (何が起きても一切損害賠償を請求しません、と書かされる)に対して
>> 無効との判決が出されたのが載ってました。これが一つの流れになって

# 孫引き注意。

法律論で言えば至極妥当な判断で、ある意味「当然」とも言えるもの。

>> くれれば良いが。でもこんな死の誓約書なんて習慣を広めた、主犯格とも
>> 言うべきJAFはお咎め無しなんだよなあ。

# 孫引き注意。

'法律上は'「お咎め」の理由がないですからねぇ……。

> これですが確か、「“過失が原因のトラブルまで責任を負わない”というのは
>おかしい」と言う理由でしたよね。つまりマーシャルが適切な処理を行ってそれ
>でもなお後遺症が残ったというのならともかく、当初保証されていた範囲での治
>療も受けられなかった結果後遺症か残ったとしたら「一切」には含まれない、
>と言う事。

どうも法律論というか理屈として首を傾げたくなる話ですが、新聞ですかね?

なぜかと言えば、この理は民法の原則そのままの話であって、「一切」とない
場合であっても同じ話だから。
言い換えれば、「一切」と定める条項の法律上の効力についての説明に全く
なっていない。

適切な処置をしてなお被害を避けられなければ、過失がないから責任を負わな
いというのが近代市民法の大原則。
だから、まず原則論としては、「適切な」処置をしている以上過失がないのだ
からその責任など負わない、「適切な」処置をしなかった結果なら(他に責任
を阻却する自由がない限り)当然責任を負う、と。

その上で普通は、「適切な」処置をしない場合つまり過失があっても責任を負
わないよという趣旨で「一切」と'わざわざ'言うもの。
言い換えれば「一切」とは「(故意)過失があっても」という意味
(厳密には、(故意)過失の有無自体を「問題にせずに」なんだけど。)。

で、そんな一方当事者に著しく不利で、不法行為ないし債務不履行責任という
制度を認めた民法を潜脱するかのような契約は民法90条に定める公序良俗違反
で無効であると言うのが妥当な判断でしょう。
だから、「一切」責任を負わないという条項は無効であり無効ならば原則通り
故意過失があれば責任を負うと。

もし仮に過失がある場合には「一切」には含まないからと言ったならこじつけ
に過ぎる話だと思います。
それでは「一切」と書いていない場合と何も変らず、わざわざ付けた理由がな
くなるから。

-- 
SUZUKI Wataru
mailto:szk_wataru_2003@yahoo.co.jp