バカの壁
養老孟司氏の「バカの壁」新潮社を読んでますが、政治や国家間の衝突も脳の領域か
ら観察されてて面白い。
kaz君なんかとの壁もよく見える気がする。
彼は雑学はあっても、知るという経験の極めて希薄な人生を送ってきた人なんだよ
ね。
明日に道を聞かば夕べに死すことも可なり、とはだいぶ違った「知る」だよ、彼の知
るは。
部落の歴史にしても、期間限定の居住時空間のみが問題で、蒙古斑やミトコンドリア
の歴史はスポイル。つまり、彼にとっては、「万物は流転する」というこの言葉が何
千年も前から変わらぬ意味を持っているという、こうした「情報」の知識はあって
も、流転する生身の実態の実感のようなものは、まるで無縁な知る対象なんですね。
がんであと3ヶ月を宣告されて、見るものが眼から鱗が落ちたように新鮮に感じる、
昨日までとは違うものに感じる、この人間は死んで生まれ変わってるというにふさわ
しいものなんだけど、こうした再生の眼で世界を感じ取るという意味での知覚ができ
ずに、ただ、変化しない情報としての「万物は流転する」という何千年もまえに紙に
録音された、情報(まったく変化しない)についての記憶があるにすぎない。こうい
うのは、「知る」とは、いわないものであると筆者は言っている。同感。個々の情報
は静止したものであり、テープに録音したその中味は何も流転しない。万物は流転し
ても、「万物が流転する」と録音したテープの中味は、つまり、情報というものはな
んら流転しない。彼は流転しない「情報は知」っていても、流転する万物は「知らな
い」。
彼の部落や朝鮮人などに対する偏見は、しかも、自らの蒙古斑も南方の遺伝子や自ら
の血にはいっている朝鮮人の遺伝子や中国人の遺伝子やミトコンドリアの情報は、記
憶、家系図(怪しいものだが)という情報としてのインプットは脳にあっても、彼の
全生命で眼から鱗の落ちるような感動とともに知る知識ではない。ここに、彼の人間
としての、決定的な敗北がある。
すでに齢70近い彼の人生において、情報は腐るほどゲットしたが、なんら知ること
もなくここまで惰眠をむさぼってきたその貧弱な人生が如実に現れているということ
でしょう。
君に友情としてすすむ、明日に道を聞かば夕べに死すことも可也の人生をせめて一度
でも味わいたまえ。
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