shuji matsuda wrote:

> 明治憲法下の統帥権の独立が諸悪の根源であって

統帥権の独立は実際には十全に機能しておらず、日中戦争時には現場の軍の眼前
の作戦遂行は天皇の統帥権とは事実上切り離しておこなわれるという傾向があっ
たという説もあります。

また、同時期には「主権線、利益線、生命線」といった修辞が都合よく使われ
て、「国家防衛」の名のもとに国境線の拡張が行われた経緯があります。当時
「国家防衛」は無論「国益」でしたが、実際には何を防衛するのかという根源的
な話は次第に忘却されていったようです(*)。

* 例えば、小渕首相時の「21世紀日本の構想」懇談会第1分科会
  「世界に生きる日本」第3回会合 議事概要 
  <http://www.kantei.go.jp/jp/21century/990705bunka1-3.html>
  での北岡伸一の発言等

たしかに「省益」というふうには限定できませんが、現場に近いところの「セク
ション」が「国益」の名のもとに自分のところのやりたいようにやっていたとい
うフシがあります。このあたり、現在「省益」と呼んでいる役所のセクショナリ
ズムのメカニズムとたいして変わらないように見えます。


> :そういう意味では明治以来の日本の政治は「国益」という
> :言葉をついぞ国のために使ったことはなかったと言えるかもしれません。
> 
> 日清戦争下では、ちゃんと国益にそって軍隊を動かしています。

日清戦争のあたりではまだ政治家・知識人の間では「日本の国益」に関する真面
目な議論があったようですね。それが、日中戦争から太平洋戦争あたりでは、一
般語彙として民間に流布したものの、意味的には拡散してわけがわからなくなっ
ていった。「国益」といえばみんな黙るのに、それが何かと問われても満足に答
えられない状態になっていったわけです。現在ある「国益」という語彙は、戦中
の「国益」をそんな状態のままひきついだものですから、「権威」というコノ
テーションを除けばそこに意味されるものはバラバラ状態です。

戦後それが何を意味するかという点をまじめに議論することがタブー化してし
まったために、ますます「国益」は一人歩きを続けています。似たような境遇に
ある言葉に「愛国心」とか「道徳」というのがありますが。

萩原@グリフィス大学