戦争は間違っていたというネガティブな観点が主流で、だれも戦争がもたらした功績にはまったく注目しないが、
それは間違っている。

20世紀始め、日本は依然として英米から不公平な扱いを受け、日本人は「猿・類人猿」であると公式に定義され、完全になめられ、「排猿法」ともいえる排日移民法により理不尽を強いられていたのである。

そんな「猿」など三日で倒せると考えていた横柄な米国白人は日本に対してありとあらゆる嫌がらせをして挑発していた。

そこで開戦しなければ、日本人はいまだに公式に「猿」「奴隷」扱いだっただろう。

もちろん、いまでも一般米国人は日本人を「猿・類人猿」扱いである。しかし、米政府はそうでない。
少なくとも、三日で倒せると考えていたのが数年かかり、それも白人の犠牲者を多く出した戦争により、日本人の地位を向上させたのである。

太平洋戦争は人種戦争なのである。 その人種戦争により、日本人のみではなく、アジア人およびこの地球上のすべての有色人種の地位と威厳を飛躍的に向上させたのである。

もし、あの時か日米開戦に踏み切らなかったら、いまだにこの地球上のアジア人および有色人種は白人にひれ伏せる奴隷であったことだろう。

よって日米開戦を決断した東条氏はまさに英雄である。A級の英雄である。

日本の国土を焦土とし、なおかつ三百数十万人の犠牲者を出した戦争だが、もし開戦しなかったら、より悲惨な現実になってたことだろう。

鬼畜英米の白人は人間ではない。やつらは日本人を「猿」扱いしかしない、よって彼らも日本人にとっては人間ではなくただの「鬼畜」なのである。ごく当たり前の観点であり、なんら間違っているものではない。
もし、やつらがわれわれを公式に「猿」扱いであるのにもかかわらず、日本人が彼らを人間として扱えば、それこそすべての不平等、アジア有色人種の劣等を認めることであり、そんなことは到底できない。

究極の決断を迫られた東条氏が選んだ開戦は立派なものなのである。

たとえ原爆と焦土、3百数十万人の犠牲者に日本婦女子の性奴隷化などという苦痛を受けたにしろ、開戦しなければ鬼畜英米白人により永遠とよりひどい白人優越主義が蔓延し、日本人は常習的に虐殺され、日本婦女子は性奴隷化され、ありとあらゆる略奪・虐待・拷問を受けていたことであろう。