《アメリカの保護確定=自立心は失われる。これが危機でなくて何か?》

また、「アメリカが与えた憲法を永遠に保持していくというのだ。
ならば国民には「これでアメリカの保護が確定したな」と写る。

「アメリカが指導してくれた憲法をしっかり保持する国に危機があれば、アメリカは助けるに違いない。アメリカが確実に保護してくれて大安心」ということ
になる。

気分はすっかりアメリカ連邦の一員にでもなった感じだ。
絶対的な安心感がある。
「がっちりアメリカが保護してくれる」と感じられる。

つまり、自立心は失われる。

これが危機でなくて何か?


《隷属の歴史」が倍加して再来するだろう。これが危機でなくて何か?》

このように、憲法改正手続き法には自立心をむしばむ大きな欠陥がある。

心ある国民のやる気を奪いしらけさせ、国民世論の自立心を失わせ、一方で、アメリカの保護が確定し、依存心を倍加させる。

危険だ。
自立心を失い、国情も違う他国であるアメリカの保護にすっかり安住する国民意識が危険で無くて何か?
「非常に危険」と断ぜざるを得ない。

「安全をアメリカにゆだね経済専念 として平気だった隷属の歴史」が倍加して再来するだろう。

非常に危険だ。

《国民の名誉の確立がいかに大事か?先生方はしっかりしてほしいものだ。》

条文改正に限定するな。
独立国の国民として、アメリカの教えに頼らない決意の表明が必要不可欠だ。
条文改正に限定することなく一新もできる方途を書き加えるべきだ。
それが政治的に無理なら、解釈変更で一新も可能なように解釈変更すべきである。

法文解釈の変更でも良い。独立国の国民として、アメリカの保護に頼らない決意の表明が重要である。
国民の名誉を確立し、自立を求め、国民に独立国の国民として奮起を促すべきだ。

 国民の名誉の確立がいかに大事か?

先生方はしっかりしてほしいものだ。