Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)

石崎です。

これは神風怪盗ジャンヌのアニメに触発されて書き連ねられている
妄想小説のスレッドですので、お好きな方のみ以下をどうぞ。

長くなりましたので、フォロー記事と前編・後編の三分割記事
こちらは本編第１０７話（前編）です。
フォロー記事は
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★神風・愛の劇場　第１０７話『逃避（前編）』


●枇杷町中心部

　桃栗町の隣町の枇杷町。
　その中心部にある枇杷駅は、桃栗町の中心部にある桃栗中央駅から私鉄で三つ
目の駅にあります。所要時間にすると１５分程でしょうか。
　その駅に電車が滑り込むと、程なく一人の少年が誰よりも早く走り出て来まし
た。
　その少年が真っ先に向かったのは、駅前のバスターミナル。
　バスの時刻表を見て舌打ちすると、続いてタクシー溜まりへと向かい、タク
シーに乗り込みました。
　タクシーに乗り込んで、行き先を告げると運転手は少し驚いて聞き返します。
　その場所には、それ以外には何も無い場所で、少年がそこに用がある風には見
えなかったからです。
　しかし、少年が再度肯くと運転手は黙って車を走らせました。

　走り出した車の中で、その少年──名古屋稚空──は携帯電話を取り出しまし
た。
　キーを幾つか操作して、再びつい一時間程前に送られてきたそれを、さして広
くもない液晶画面に表示させました。


稚空様

今までありがとう。

　　　　　　弥白


　こうしてメールを表示させたのはもう何度目でしょうか。
　弥白から送られて来たメールには、ただそれだけが書かれているのでした。


●……

　そこは、全くの暗闇でした。
　そこにいるのは彼女一人だけ。
　一人でいるのは小さい頃から慣れっことは言え、この暗闇の中では不安にもな
ります。

　そこで彼女は、自分の一番大切な人の名前を呼びました。

　自分の生みの親の名前ではありません。
　両親は、確かに愛情を注いではくれましたが、彼女が望むときに彼女の側には
いてくれなかったからです。

　自分を育ててくれた乳母や爺やといった人々でもありません。
　彼らは、確かに惜しみない愛情を注いではくれましたが、彼女の家に仕える者
という意識が強い所為か、どこか余所余所しさを感じてしまいます。

　彼女の一番大切な人──それは、小さい頃に最初に会った時から、ずっと一人。
　彼と出会ったのは、両親と彼の父の間で交わされた約束が故でしたが、そんな
事は彼女にとってどうでも良いことでした。

　彼の名前を何度か呼ぶと、彼の姿が遠くに見えました。
　彼はまだこちらに気付いていないのか、背中を向けていました。
　それで、もう一度大きな声で、彼の名前を呼びました。
　すると、彼は漸く彼女の方を見てくれました。

　彼女は、喜んで彼の所に駆け寄ろうとして、そして気付きました。
　彼が、蔑むような表情で彼女を見ていることに。

「そんな顔をして、どうしたんですの？」

　彼女は彼に問いました。

「最低な奴だな。弥白。今度という今度ばかりは愛想が尽きた」
「どういう事ですの？」

　彼──名古屋稚空は、黙って右手に一枚の紙を広げました。
　それは、彼女──弥白が普段製作しているものに良く似ていましたが、しかし、
彼女が作ったものではありませんでした。
　確かに、ここに出ている情報は彼女が集めたもの。
　でも、それを公にする積もりなど無かった。それを利用するのは、フェアでは
無いと今では思っているから。

「それは私ではありませんわ！」
「弥白でなければ、一体誰がこんなもの作るっていうんだ」
「それは…」

　弥白が口ごもっていると、稚空は弥白に背を向けて歩き出しました。

「待って！」

　呼び止めましたが、稚空は二度と振り返る事はありませんでした。
　そして弥白は気付きます。稚空が歩いて行く先に、あの女がいる事に。

「そんな…」

　絶望が頭の中を駆けめぐり、弥白はがっくりと膝をつきました。
　しかし、やがて別の考えが浮かびます。
　あれは、私が作ったものでは無い。
　それを証明する事さえ出来れば稚空さんは…。

　弥白の頭の中に浮かんだ一つの希望。
　しかしそれは、弥白の後ろからかけられた別の女性の声により打ち消されまし
た。

「本当に、貴方は無実なのかしら？」

　聞き覚えのある声でした。
　振り返ると、果たしてその人物が立っていました。

「ひっ」

　小さく悲鳴を上げました。
　黒衣に束ねた金髪のロングヘアー。そしていつも瞑った目に右手には白杖。
　見間違えようがありません。

「本当にこれにあなたは無関係なのかしら」

　黒衣の彼女──瀬川ツグミは、いつの間にか稚空が持っていたのと同じ紙を手
にしていました。

「私は…」
「私には見えないけれどここら辺の写真。あの時あそこにいたのは貴方だったの
ですね」
「違いますわ。私は…」

　そう言いつつも、弥白は新聞から目を背けました。

「そうですか。違いますか」

　もっと追求されるかと思っていたのですが、あっさりツグミが引き下がったの
で、弥白は内心ほっとしました。

「でも、以前私の大切な人を殺めようとしたのは誰だったかしら？」
「え!?　何の話ですの？」

　あの出来事は夢だと思ってた。
　あの後で当の本人に会ってあれが夢だと確認したはず。
　そうよ、これは夢。

「夢だったら、どんなに良かったでしょうにね。でも、これは現実なのですよ」
「まさか!?」
「本当ですよ。だって、ほら…」

　ツグミは黒衣の長い袖の中からあるものを取り出しました。
　それは、あの時弥白が彼女に向かって放ったナイフのようでした。
　そのナイフは血に汚れ、暗闇の中だというのに鈍く光を放っていました。

「ひっ」
「逃げられると思わないで下さいね」

　いつしか弥白の側まで来ていたツグミは耳元でそっと囁きます。
　それに対して弥白は、ただ震えている事しか出来ないのでした。


●枇杷町　山茶花本邸

　日曜日の早朝。
　弥白が目を覚ました場所は、いつもの豪奢なベットではありませんでした。
　目を覚ましたのは、巨大な文机の上。弥白はそこに顔を伏せて泣いたまま、何
時しか疲れて眠っていたのでした。
　小さな悲鳴を上げて起きた後で、それが夢であった事に気付いて安堵します。

　ふと、不快感を覚えます。嫌な夢を見て汗をかいているからでしょう。
　就寝時間には暖房が切れる設定にしていたので、部屋にはひんやりとした空気
が漂っています。
　それ故、弥白のかいた汗は早くも身体を冷やし始めていました。

　それで弥白はよろよろと立ち上がりました。
　昨晩私服に着替えてから、寝間着に着替えていなかった事、湯浴みを済ませず
に寝てしまった事もあり、まずは入浴すべく浴室へ続く脱衣所に入りました。

　脱衣所と言っても、それは庶民がその名を聞いて想像するそれに比べてぐんと
広い大きさです。小さな温泉旅館位はあるでしょうか。

　昨晩の事で気落ちしている弥白は、何をするにも気力が伴わず、ただワンピー
ス、ソックス、キャミソール、ブラジャー、そしてショーツと、ただ服を脱ぐと
いう行為だけに、たっぷり１５分は掛かってしまいました。
　そして、ぼうとした意識のまま、ふらふらと浴室に入りました。

　その浴室も脱衣所に見合う広さであり、中に幾つかある広い浴槽で、小さい頃
は稚空と泳いだりして、爺やに怒られたりしたものです。もっとも、弥白が好ん
で使うのは、その中でも一番小さな檜風呂であったりするのですが。
　しかし庶民には巨大に思えるそれすらも、屋敷内に幾つかある浴室の一つに過
ぎず、一番大きな大浴場に至っては、屋敷の客用宿泊施設と併せて明日にでも温
泉ホテルを開業できそうな規模を誇っているのでした。

　弥白が外出している間に清掃が行われている浴室は、何時でも入浴が可能なよ
うに、浴槽には常時敷地内から湧き出る温泉から引いたお湯が満たされていまし
た。

　弥白はいきなりお湯の中に身体を浸すことはせず、まずはシャワーで身体を軽
く洗い流すと共に冷え切った身体を温めます。
　そして、髪を洗うために洗い場の木製の椅子に腰掛けると、何気なく曇り止め
処理が施された鏡を覗き込みました。

「酷い顔…」

　シャワーで洗い流されていたとは言え、弥白の目は泣きはらして真っ赤になっ
ていました。
　そうして自分の情け無い顔を見ていると、シャワーを浴びている間の一時だけ
忘れていた、昨晩の嫌な出来事が思い出されます。

「嫌…」

　思わず身震いすると、自分で我が身を抱きしめました。
　考えれば考える程、浮かんで来るのは嫌な事ばかり。

　弥白は、洗い場の側にある各種のシャンプーやボディーソープの類の置き場に
手を伸ばして、何かを手にしました。
　そしてそれを自分の顔の前に持って来て、次いで自分の左手首へと持って来て、
暫く逡巡した後にため息をつきました。

「いけませんわ」

　その時、脳裏に浮かんだのは愛しいあの人の顔。
　あの人を悲しませる訳にはいかない。
　そう思い直すと、弥白は普段殆ど使わない剃刀を元の場所へと戻しました。

＊

　いつもよりは短い時間で浴室より出て来た弥白。
　起きた直後に入れた暖房が効き始めていて、少し暑い位。
　弥白は曇り硝子となっている格子窓をほんの少しだけ開けて、冷たい外気を屋
内に導きました。
　そうしておいてから、バスローブのみを身にまとった姿で脱衣所に置いてある
籐椅子に座って身体の火照りを冷まします。

　ふと、椅子の前のテーブルの上に置いてあるノートパソコンが目に入りました。
　湿気が多いこの場所でも大丈夫なように、工事現場などで用いられる耐衝撃・
耐水性に優れた特注品です。
　もちろん無線ＬＡＮで、このパソコンもネットワークに接続されています。

　余り気が進みませんでしたが、パソコンを起動しました。
　基本ソフトの起動すると、メーラーを立ち上げてメールの確認を行いました。

　まずは、ネットワーク上で公開しているメールアドレスから。
　常時接続であるのでそれ程時間が掛からない筈なのですが、妙に時間がかかり
ます。
　未読メール数が数百件にも達しているのを見て、弥白の顔が曇りました。
　未読メールの一覧の件名が表示されると、弥白の顔は蒼白となりました。

＊＊＊

件名　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　差出人

見損ないました　　　　　　　　　　　　　　　　anonymous@XXX
弥白新聞について教えて下さい　　　　　　　　　naoko@mars.…
(non title)　　　　　　　　　　　　　　　　　 魔論
　　　　　：
盗撮女は逝って良し！　　　　　　　　　　　　　鶫さん萌え萌え
掲示板消しちゃったんですね　　　　　　　　　　大道寺宮古

＊＊＊

　送られて来たメールの大半は、弥白に対する批判と中傷で満ちていました。
　送り主の大半は、弥白が全く知らない人ばかりで、しかもそれらのメールの送
信元は殆ど全て無料のメールアカウントからなのでした。
　明らかな嫌がらせでした。恐らくは、暇なごく少数の人物による、複数のアカ
ウントを使い分けたメール攻撃。

　そう思い、弥白は差出人から判断してそれらのメールの大半を読まずに削除し
ました。

「もう、このアドレスは使えませんわね…」

　そうため息をつくと、今度は極々限られた人にしか教えていないアカウントを
チェックするため、専用のソフトを起動します。
　それは、可愛らしい動物やその他のキャラクターがメールを配達してくれる代
物で、極々親しい人との間でだけ、このメールソフトでメールを交換しているの
でした。
　もっとも、一番そのメールを使って欲しい人は、このソフトをなかなか使って
くれないのですが。

　ところが、いつもであれば起動直後にメールを配達してくれる筈の動物達が現
れません。
　疑問に思っていると、やがてメールを配達に、クマ、ライオン、象、ロボット、
ゾンビといった愛らしいキャラクターが次々と列をなしてメールをウインドウの
中にある家の中に運び込んできました。
　いつもならあり得ない事でしたが、実際にソフトのキャラクター達が行列を作
ってメールを届けに来たのでした。

　しかもそのメールの送信者は、殆どが弥白の知らない相手。
　まさかと思い、メールの内容を確認してみると、こちらも中傷メールばかりな
のでした。

　弥白は一瞬、息が止まるかと思いました。
　どうして？　このアドレスはどこにも公開していない筈なのに。
　まさか私の親しい人が、私に中傷メールを送っている？
　そんな事って…。

　そう思う間にも、また何通かメールが送られて来ました。
　それらを弥白は中身を読まずに片端から削除しました。

「うっ…うっ…」

　弥白は、いつしか泣きながらパソコンを操作していました。
　防水加工されたキーボードに、涙がぽたり、ぽたりと垂れていきます。
　涙だけではありません。鼻水まで一緒に垂れていますが、弥白はそれに全く気
がついていませんでした。

　本当の友人からのメールも混じっていましたので、一応一通ずつ確認してから
捨てていると、その中に知っている名前がありました。
　メールを送ってくる筈の無い相手でした。
　だから、これも便乗メールの一つなのでしょう。
　でも、何故かそのメールを開けてしまいました。

＊＊＊

件　名：ホームページの件について
差出人：瀬川ツグミ

山茶花弥白様

　掲示板を閉鎖されたのですね。
　あんなことがあった後ですもの。仕方ありませんよね。
　でも、覚えていて下さいね。
　あなたが逃げる場所など無いということを。

　私と彼女の秘密を公開した罪は必ず償って貰いますから。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ツグミ

＊＊＊

　悪戯だと判っていました。
　ざっと読んだだけですが、あの偽「弥白新聞」を読めば、これ位の事は書ける
でしょう。
　もちろん、このメールアドレスをどうやって知ったのかという謎は残りますが。
　そうよ、これは偽物。
　そう思う弥白ですが、何故か震えが止まりませんでした。

　そんなメールを読んだ後でしたから、次のメールの差出人の名前を見た時に、
弥白の顔は一気に明るくなりました。
　そのメールが来たからといって、何かが変わるという訳でも無いのですが。

　このメールソフトは、簡単にメールのヘッダを確認出来る仕様では無かったの
で、名前だけ見て安易にメールを開けてしまいました。添付ファイルがついてい
る事すら気付かずに。
　メールが開かれると、ソフトの側で添付されているファイルの内容を判断、自
動的に対応したアプリケーションを実行して添付ファイルの内容が表示されまし
た。
　もちろん、ウイルス対策のために一応確認はして来るのですが、相手が相手な
ので、無意識に「はい」と答えてしまったのです。

　そして、その添付ファイル──画像ファイルでした──を見た弥白は凍り付き
ました。
　そのメールの本文にはこうありました。

＊

　山茶花弥白様

　今度の『弥白新聞』ではこの写真を使って下さいね。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ファンより

　追伸：いつでも貴方を見ています。

＊

「もう…嫌……」

　頭の中が真っ白になりました。
　どうしてあれが…。あれを知っているのは二人だけなのに。
　まさか本当に私は見張られているのだろうか。
　でもどうして。

　そこまで考えた弥白の頭の中である事が思い出されました。
　そうか。

「悪いのは、私でしたのね」

　そう呟く弥白の瞳には、絶望の色が浮かんでいました。


●オルレアン　ミストの隠れ家

　手出しはしないとノインに宣言したとはいえ、自分の『駒』の事ですから、キ
ャンディーを通しての様子の確認は努々怠りはありませんでした。
　空中に横になり、駒が嘆き苦しむ様子をニヤニヤと眺めていたミストでしたが、
途中から表情が段々険しいものとなりました。

「ノインめ…何を考えている」

　それでも宣言をした手前、我慢して見続けていたのですが。

「あの馬鹿娘…」

　とうとう我慢出来ずに起き上がりました。

「でも一応、『契約』のことを気にかけてはいるらしいわね。人間にしては珍し
い」

　そう言ってから、リビングのソファに座っているアキコの方をちらりと見まし
た。
　アキコの側には黒い塊がいてそれとじゃれあっているように、ミストには見え
ました。

「あたしは出かけてくるから、良い子にしてるのよ」

　そう言うと、アキコはこちらを向きました。
　返事はありませんでしたが、こくり、と頷いたような気がします。
　それは本当に僅かな仕草で、本当は頷いてすらいなかったのかもしれませんが、
ミストには頷いたように見えたのです。

　おやと思ったのは一瞬。今はそれより先にやる事があると思い直し、ミストは
霧のように姿を消すのでした。

（第１０７話　前編　完）

　では、後編へと続きます。


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Keita Ishizaki mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp