Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
石崎です。
予告通り(?)例の妄想第172話の最終章をお送りします。
全部で2,000行程あるので、その22〜24の三分割で投稿します。
この記事は、(その22)です。
Keita Ishizakiさんの<bnvq06$acm$1@news01dd.so-net.ne.jp>の
フォロー記事にぶらさげる形になっています。
# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そういう2次創作物が嫌いじゃ無い方のみ、以下をどうぞ。
(その1)は<bnvv4r$p9c$1@news01de.so-net.ne.jp>から
(その2)は<bol12s$5cr$1@news01cj.so-net.ne.jp>から
(その3)は<bpanfp$235$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その4)は<bpsnob$hnq$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その5)は<bretjg$k62$1@news01dj.so-net.ne.jp>から
(その6)は<budosi$mf3$1@news01dg.so-net.ne.jp>から
(その7)は<bvibt5$6bs$1@news01cb.so-net.ne.jp>から
(その8)は<c05ag2$aqq$1@news01di.so-net.ne.jp>から
(その9)は<c12ghi$g3q$1@news01de.so-net.ne.jp>から
(その10)は<newscache$sfa7uh$klk$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その11)は<newscache$9pfavh$4kg$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その12)は<newscache$t8l1xh$f2h$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その13)は<newscache$d6j5yh$q4j$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その14)は<newscache$sjiiyh$nsj$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その15)は<newscache$vkkgzh$hqd$1@news01b.so-net.ne.jp>から
(その16)は <newscache$mxh60i$oqb$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その17)は<newscache$03mh0i$c1i$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その18)は<newscache$n8rc1i$7l8$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その19)は<newscache$bmku2i$ss9$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その20)は<newscache$utnv3i$3mc$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その21)は <newscache$xvgx3i$zjj$1@news01e.so-net.ne.jp>からどうぞ
^L
★神風・愛の劇場第172話『弱き者』(その22)
●水無月ギャラクシーワールド・大観覧車
その騒動の最中、弥白はジャンヌの戦う様子を見ていることしか出来ませんでした。
見ていたとは言え、距離と暗闇が邪魔をして結局は何が起こっているのか判らなくなっ
てしまったのですが。
それでもツグミに比べればと弥白は思います。
戦いの音は度重なる雷鳴と上空を飛び回るヘリの騒音で打ち消されてしまい、盲目のツ
グミが外で起きている出来事を知る手段は、ただ弥白の言葉のみ。
宙づりになっているコースターを見下ろす形でジャンヌが浮いていること。
雷がコースターを何度も直撃していること。
大観覧車の前を何かが飛び去って行ったこと。
コースターが再び動き出し、停まったこと。
ジャンヌらしき影が空中に浮かんでいること。
もう一人のジャンヌの出現。
その後、二人のジャンヌの間で戦いが行われたらしいのですが、動きが速すぎた上に暗
闇で何が起きているのか判らず、その内より遠くに戦場が移動してしまいました。
これらの状況を懸命に弥白はツグミに伝えました。
とても現実に起きているとは思えない出来事をあっさりとツグミは受け入れていて、や
はり彼女も色々と“知って”いるのだと弥白は確信します。
やがてジャンヌ達の戦いの場所が、大観覧車からコースを挟んだ更に向こう側に位置す
る水平ループの方に移動すると、時折発生する閃光以外、最早何が起こっているのか判ら
なくなり、率直にそのことを弥白はツグミに告げました。
「日下部さん…」
暗闇に包まれたキャビンの中。
そうツグミが呟くのを弥白は聞きました。
手首に巻いた腕時計を見た弥白。
観覧車が停止してから、20分近く。未だ、助けが来る気配はありませんでした。
●……
「都! 返事してよ都!」
コースターから海面に飛び込んだ後、漸くのことで海面に顔を出したまろん。
都の姿はどこにも見えず、まろんは都の落ちた方まで泳いで行こうとしたものの、濡れ
た服が身体にまとわりついて中々思うように進めません。
時々、都に呼びかけてみます。
しかし、返事はありません。
陸の方からはパトカーのサイレンとヘリコプターの騒音が鳴り響いていて、自分の声と、
そしてもしかしたら助けを求めているかもしれない都の声をかき消しているような気がし
て、無性に腹が立ちました。
「!」
自分の周囲が突然光りました。
しかし、その光が自分を覆い尽くすことはありません。
彼らが「神のバリヤー」と呼ぶ障壁は、その程度の攻撃程度ではびくともしません。し
かし……。
まろんの周囲には、その攻撃の犠牲となったらしい魚がぷかぷかと浮いていました。そ
してその中には、人間のような塊も浮いていたのです。
慌てて、その人影に向かって泳いで行きました。
「都!」
都の髪に結ばれたリボン。見間違えようがありません。
しかし、まろんはそれが都であると信じたくありませんでした。
何故なら、都であるとは判らない程、それは黒焦げとなっていたから……。
●魔界・王宮
その様子は、天界・魔界・人間界の各所で、複数の者により同時に目撃されていました。
魔王の王宮で、部下に命じて水晶球により人間界の様子を眺めていた魔界宰相──元人
間──もその一人でした。
ユキが神の御子を止めた様子を見て、宰相は呟きます。
「なんてこった」
それは、彼が久しぶりに使った人間界の言葉でした。
●水無月ギャラクシーワールド
「都ぉ!」
絶叫を上げ、少ししてまろんは気付きました。
自分が今いるのが春の海では無いことに。
視界には白い天井がありました。
つまりは、自分は寝ていたらしい。
そう理解すると、かけられていた毛布を持ち上げ起き上がろうとしました。
「え…? ☆◎×※!!!!」
声にならない悲鳴をまろんは上げました。
まろんは身に何も──下着すら──纏ってはいませんでした。
一言で言うと、裸。
念のため下半身も確かめてみると、そちらも同様でした。
「(な、なんで裸なの〜!?)」
慌てて毛布で自らの身体を覆ったまろんは周囲を見回しました。
幸い、周囲はカーテンに覆われていて、自分の裸を誰かに見られるということは無さそ
うでした。
そう考えてまろんは気付きます。
今裸だということは、誰かが服を脱がしたのだということ。そして……。
「気が付きましたか」
カーテンの向こう側で誰かが動く気配がして、まろんが良く知る男の声がしました。
「その声…。ノイン?」
自分が魔界の者達に襲われた以上、この場にノインが居ることに驚きはありませんでし
た。何故、自分に手出しせず、ここに寝かせてくれているのかは謎でしたが。
「いえ、紫界堂聖です。日下部さん」
まろんに正体が明らかになっているにも関わらず、聖はそう言いました。
紫界堂聖を知る誰かがこの場に居るんだ。
まなみ先輩の姿をまろんは思い浮かべます。
「ここはどこ? 私、一体…」
「ここは遊園地の救護室です。あなたは遊園地に侵入した怪盗ジャンヌがジェットコース
ターを破壊した騒動の最中に気を失った。そう聞いています」
聖の説明は、嘘は何一つ言っていないものの、肝心な点についてはぼかされている。そ
のような印象をまろんは受けました。
「私の服、どこ?」
「あなたは海水でずぶ濡れでした。風邪を引いてはいけないと言うので、申し訳ありませ
んが服は脱がさせて頂きました」
「…見たの?」
「違います! 神に誓ってそれはありません。そもそも、服を脱がせたのは私ではありま
せん」
かなり慌てた様子で、聖は言いました。
それを聞いて、まろんは笑います。
「何がおかしいのですか?」
「『神に誓って』って言う辺りが」
「それも、そうですね」
「それで、誰が私をここに?」
「私です。まろんさん」
今度は女性の声がしました。
こちらも聞き覚えのある声。
しかし、そのしゃべり方には未だ違和感がありました。
「アンなの?」
「はい」
「無事だったのね」
「気を失っちゃいましたけど。ああ、服は後でクリーニングしてお返しします」
そこまで気を遣ってくれるなら、ついでに代わりの服を着せてくれても良かったのにと
思ったまろん。ですが、それより大切なことがありました。
「都は! 都はどうなったの!?」
「都さんなら、救出されて無事です。隣で寝てますよ」
それを聞いた途端、まろんはカーテンを開けました。そこは、学校の保健室を大きくし
たような部屋で、向こう側に同じようにカーテンに覆われた寝台がもう一つありました。
寝台と寝台の間には、パイプ椅子が置かれていて、そこにアンが座っていました。
聖はその後ろに立っていて、カーテンが開いた瞬間に自分に背を向けました。
まろんは毛布で身体を覆い立ち上がり、アンが止める間もなく隣の寝台のカーテンを開
けました。
「都!」
寝台には都が横たわっていました。
それを見た瞬間、まろんは都のことを両手で抱きました。
両手で抱えていた毛布がずり落ち、露出した肌に都の身体が触れました。
暖かい。そしてまろんの耳には、都の寝息が聞こえました。
「…生きてる」
まろんの目からは止めどなく涙が溢れていて、身体を覆っていた毛布がずり落ちた姿で
したが、まろんはそれを直そうとはしませんでした。
まろんの格好をアンが気にして後ろを見ると、聖は相変わらず背中を向けていました。
●水無月ギャラクシーワールド・中心部
時を追う毎に、遊園地内部の警官の数が増して行きました。
ミカサとユキは既に警備員の服から元の服に着替え、オープン初日から臨時休業を余儀
なくされた遊園地から出て行く来園客の群れに紛れていました。
もっとも、彼らは未だ遊園地を出る訳にはいかなかったのですが。
「第三猟兵中隊長から報告。人間達は警備センターを除き、撤収を完了したそうです。警
察の相手をしているので、少し予定より遅れているそうです」
携帯端末を操りながら、ユキは小声で言いました。
機械と心の声。その双方を駆使して、ユキは各所と連絡を取っていました。
「トールン殿は?」
「アンが戻るまではこの場に留まるそうです」
「そうだろうね。天使達は?」
「どちらの方でしょう?」
ユキは、遊園地の外側に見える建物に視線をやりました。
「ああ。レイ達の方だ」
「本部の者を除き、空から全員撤収しました」
「ミナは?」
「一命は取り留めたそうです」
「それで、彼らの方は?」
「動き…ありません。龍族の者達が監視続行中」
「戦いは極力避けるようにと」
「了解。伝えます」
「魔族達は?」
「はい。天使の動向を見極めつつ、海の方から順次とシン様から」
「シン殿にはお疲れ様と」
「はい、伝えます」
「神の御子の様子は?」
「はい。東大寺都と一緒に救護室に寝ています。ミカサ様、これで良かったのでしょう
か?」
ユキはミカサの方を見て言いました。
「悪くは無かったと思うよ。ユキもそれが良いと思ったのなら、それで良い」
「はい…」
「それよりユキ。身体の方は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。ミカサ様の側にいると、回復が早いんです」
そう言うと、ユキはミカサの腕に抱きつきます。
「お、おぃ」
「こうした方が、この場では目立ちません」
ユキがそう言うと、ミカサもそれ以上文句は言いませんでした。
●遊園地の近く
湾岸地区の再開発の中で建設されたマリアージュホテル。
その建物の屋上に、二人の天使が身を潜めていました。
「天使…でしたね」
小さな光球の一つが、そう言いました。
「まろんちゃんと戦っていたのは、レイちゃんとミナちゃんですです!」
その隣の光球が、それに応えます。
「あの二人、魔界に堕ちていましたか」
アクセスが二人らしき者を見たという話をトキは思い出します。
「天界を追い出されたら、消えるか、魔界に行くしか無いですです」
自分が同じような立場に置かれたらどうするだろう。
そう、セルシアは思います。
「でも、どうして助けに行くのを止めたですです」
非難が含まれた口調で、セルシアはトキに尋ねます。
「この地は、魔族の気配で満ち溢れています。ここで我々が…」
「嘘ですです」
皆まで言わせず、セルシアは断定しました。
「セルシア」
「まろんちゃんの様子が変だったからですです?」
セルシアが言うと、トキはため息をつきました。
「まろんさんは…神の御子は、我を失っていました。しかし、あれが真の神の御子の姿な
のかもしれません」
「真の姿?」
「過去も、守るべき者のためにああなった御子がいたそうです。天界の機密文書にはそう
ありました。セルシアも読みましたよね?」
それを見たこともあり、二人は地上界に“飛ばされる”ことになったのですが。
「でも…まろんちゃんはそんなんじゃ無いですです! 一緒に住んでいたから知ってるで
すです!」
「私も信じていた訳ではありません。しかし、これも現実です」
「トキ…」
「とにかく、今日は元に戻って良かった。しかし、次にああなった時は…」
「まろんちゃんは絶対、大丈夫ですです」
「私も、彼女のことを信じています。でも、万が一、彼女が彼女で無くなった時、私達が
何をすべきか、判ってますね?」
「判ってる…ですです」
そう言いながら、俯いてしまったセルシア。
そんな彼女を見ながら、いざとなったら自分でやるしか無い。
そう、トキは感じていました。
「トキ」
「何ですか?」
セルシアに話しかけられ、トキは思いを見透かされたかと、どきりとします。
「まろんちゃんを元に戻した、あの子は一体、誰ですです?」
「天使のように見えましたが…判りません。彼女は一体、何者なのでしょう」
そう言ったものの、トキはある予想を立てていたのですが。
「…トキ! また、何か来るですです!」
セルシアが警告し、二人は屋上の片隅に身を隠します。
その屋上に、山茶花家で良く見かける服装を着た少女が着地します。
その少女をトキとセルシアは知っていました。
もっとも知り合いとは言え、挨拶をする間柄でも無いのですが。
「ちょっと濡れた位で役立たずか。人間の機械は使えない」
少女の身体からは水が滴っていました。
そう言うとその少女は、銀色の物体を投げ捨てました。
「ああ…、もう終わっちゃったかな。ノイン様、怒ってるかな…」
少女は遊園地の方を覗き込むような格好をしました。
「でもノイン様が“魔法使い”のこと、ちゃんと教えてくれなかったのが悪い。うん、そ
うに決まってる!」
そう決めつけると、少女は屋上から姿を消しました。
「彼女もいたんですね」
「“魔法使い”って何ですです?」
「さぁ」
何だか判らない。そんな表情をトキは浮かべます。
「とにかくトキ」
「何ですか?」
「まろんちゃんと弥白ちゃんの様子を見に行くですです」
そう言い残し、セルシアは一目散に遊園地へと向かいます。
セルシアの背中を慌ててトキは追いかけるのでした。
●水無月ギャラクシーワールド・救護室
「アンさん…でしたね。彼女に、何か暖かい物を買って来てくれませんか?」
まろんが落ち着いた頃を見計らい、聖はそう言いました。
気を遣うくらいなら、自分で買いに行けば良いのに。
そう思い、まろんは聖──ノインの意図に気付きます。
「判りました。まろんさん」
アンはずり落ちたまろんの毛布を引き上げてくれました。
それで、自分の今の格好に気付いたまろんは慌てて毛布を手で押さえます。
「コーヒーで良いですか?」
「んと、ココアか何かあると良いな」
「判りました」
そう言うと、聖からお金を受け取りアンは出て行きました。
寝ている都を別とすれば、救護室にはまろんと聖の二人だけ。
毛布を身体に巻き付けた姿で、まろんは都の寝ているベッドに腰掛けました。
「お礼は、言わないからね。ノイン」
状況から考えて、都を助けたのは魔界の者達に違いありませんでした。
何故、そんな親切をしてくれたのかは判りませんが、だからといって彼らを許す積もり
はありません。
「お礼は期待していません。そもそも、彼女を助けたのは我々では無いのです」
「どういうこと?」
「その質問に答える前に、確認したいことがあります」
「私の質問に答えて」
「あなたは、あの戦いをどこまで覚えていますか?」
「え?」
「あなたは海に落ちた東大寺都を追って海に飛び込んだ。そこから先です」
「私は、海に飛び込んだ後で都を探した。そしたら、もう一人のジャンヌが私を攻撃して
来て。それで…」
そこで、まろんは言葉に詰まりました。
その後のことについて、まろんは何も覚えていませんでした。
「その後のことは覚えていない。そうですね」
聖が言うと、まろんはこくりと肯きました。
「ノインはあの後のことを知っているの?」
「貴方はあの後、我々と戦ったのです。本当に覚えていないのですか?」
「でも…ロザリオはロッカーの中で。あ!」
言いかけ、まろんは慌てて口を閉ざします。
「ご安心を。あなたがロッカーに預けた荷物は、そこに」
聖が指さした方を見ると、まろんのバッグが置いてありました。
そしてその隣には、都のバッグも。
「随分親切なのね」
「アンが持って来たのです」
「そう…。それで、私が戦ったって?」
「我々の中で最強と言える戦士三名。──ああ、あの偽ジャンヌもその一人です──彼女
達と正面から戦い、打ち破ったのです。その戦いが終わった後で、貴方は気を失って倒れ
ました。我々は気を失った貴方をコースターの駅に置き去りにしました。その後、アンが
貴方を見つけてここに運んで来たという訳です」
聖に説明されても、まろんには自分が経験したことには思えませんでした。
とは言え、最強の戦士のうち二人が誰かは想像がつきます。
あの黒髪と金髪の少女のことでしょう。
「私は説明したからね。今度はノインが教えてくれる番」
「東大寺都の方は、“魔法使い”の仕事ですよ」
「“魔法使い”? それって…」
遊園地の中で会った少女のことをまろんは頭の中に浮かべます。
彼女がかつて使った“魔法”のことも。
「あなたは一度、その魔法使いが魔法を使うのを見ている筈です」
友枝町のペンギン公園での出来事をノインは言っていました。
「ノインもあれ、見ていたの?」
「はい。ミストも一緒でした。彼女が、私達の前に現れるのは二回目です」
「それで、どうやって助けたの?」
「海面に落下する途中で、“魔法使い”が東大寺都を受け止めたのです」
「全然、気付かなかった…」
「戦いに夢中で、視界に入っていなかったのでしょう。だから、貴方が海に飛び込んだ時
は驚きました。助かっているのに何故と」
ノインの説明を聞いて、まろんは気付いたことがありました。
「あの、もう一人のジャンヌはそのこと、知ってたの?」
「もちろん。“心の声”で伝えていましたよ。そうで無ければ、あんな派手な攻撃は出来
ません」
あのもう一人のジャンヌは、都が無事だと知っていた。
だから、巻き添えを気にせず攻撃を仕掛けてきたんだ。
少しだけ、まろんはもう一人に対する怒りを収めました。
少しだけですが。
「今日の戦いで判ったことがあります」
「何?」
「やはり、あなたはクイーンの…フィンの勧めに従うべきなのかもしれない」
「知ってるの?」
「フィンから聞いています」
「でもどうして?」
「この前の戦いの時、警告した筈です。あなたが我々に敵対する限り、我々は戦いを止め
ないと。そして、その結果がどうなるか」
「……」
「誰も、いなくなります」
「誰も…いなくなる。独りぼっち」
無意識に、その言葉が出てしまいました。
「ノイン達が、私を襲わなければ戦いなんて起こらないじゃない」
「私達が望まなくても、あなた方が戦いを望むかもしれないのです」
「それは…」
聖に反論しようとしたまろん。
しかし、例えばセルシアに悪魔を封印するように依頼されたら、断ることが出来るだろ
うか?
そう考えると、明快に否定することが出来ません。
「私が魔界に行ったからって、戦いが無くなるとは限らないよ?」
「少なくとも、貴方の側にいて戦いを煽る者だけはいなくなります」
「今日みたいなことが、又起きないとも…」
「その時は、必ず私達が抑えます。例え犠牲を払うことになっても」
「そうまでしてどうして…」
「あなたに不幸な最後を迎えさせたくないからですよ。まろん」
「え…?」
気がつくと、聖はノインの姿になっていました。
ノインはまろんの前に跪き、右手を取りました。
「な…!」
ノインの手を振り払おうとしたまろん。
しかし、ノインは強引に折り曲げていたまろんの手を伸ばすと、その手の甲に口づけま
した。
「今日は失礼します。…が、最後に一つだけ言わせて下さい。もしも、貴方が貴方で無く
なったとするならば」
「私が…私でなくなる?」
「その時は、この世界に貴方の居場所は無くなることでしょう」
「私の…居場所…無くなる?」
「フィンの言葉を良く考えることです」
ノインがそう言うと室内に風が巻き起こりました。
まろんの解けた髪が風に舞って視界を奪い、再びまろんの視界が開けた時、ノインはも
うそこにはありませんでした。
●水無月ギャラクシーワールド・大観覧車
観覧車が停止してから30分近くの後。
ジャンヌの動向が判らなくなってから、弥白とツグミは黙ったままでいました。
何かを恐れてでもいるように。
イカロスはもちろん、音一つ出しません。
「あ…」
観覧車に灯りが点った気配がして、キャビンが動き始めました。。
遊園地の停電も回復したらしく、各所に灯りが点り始めたものの、ジャンヌが飛び回っ
ていたジェットコースター・『ネプトゥヌス』だけには灯りが点っていませんでした。戦
いの中で、コースの各所が崩落したからでしょう。
弥白は、これだけのことをツグミに説明してくれました。
「少し、遅かったですわね」
弥白がぽつりと呟くのをツグミは聞きました。
それまで周囲を飛び回っていたヘリコプターとは明らかに異なるエンジン音が先程から
近づいて来ていました。
これと同じ音をツグミは聞いたことがあります。
軍用機のみが発することの出来る、重厚なエンジン音。
「こんなものまで、貴方の家では持っているのね」
呆れたという口調でツグミは言いました。
「弥白様〜!! どこですか〜!?」
キャビンの外からスピーカーを通じた少女の声が聞こえます。
「椿さん。まさか、あなたが」
その少女の名を弥白は口にします。
「私はここですわ!」
弥白が叫び、ぶんぶんと手を振る気配がしました。
ヘリはキャビンの近くまで接近し、弥白の無事を確認したのでしょう。
やがて、離れて行きました。
「ツグミさん、ツグミさん。無事ですです?」
か細い声が、ツグミの耳に届いたのはヘリの轟音がやや小さくなった頃。
ツグミの耳元の辺りで少女の声がツグミに呼びかけていました。
「なぁに、セルシア。私は大丈夫よ」
同じ位、小さな声でツグミは囁きました。
向こうに聞こえているかどうかは判りませんが、気付いたことを理解して貰えれば、そ
れで十分なはずです。
「弥白さんは無事ですです?」
「ええ。大丈夫」
ツグミは肯きつつ言いました。
「良かったですです。それじゃ、今度はまろんちゃんの様子を見に行くですです」
「日下部さんはどうなったの!?」
「生きてるです…多分。あっちの方に運ばれて行ったですです」
「あっちって?」
「事務所のある方角です。救護室に運ばれて行ったものかと」
こちらも良く知る声がしました。
「トキもいるの?」
「はい。そういう訳ですので、弥白嬢のことはお任せします」
「判ったわ。日下部さんのことは、お願い」
ツグミがそう言うと、二つの小さな気配はたちどころに消えて無くなりました。
*
ツグミは誰かと話している様子でした。
薄ぼんやりと、二つの小さな光が窓の外に見えました。
その気配は、ここ最近自分につきまとっているのと同じもの。
そう、弥白には思えます。
ツグミは小声で話しているので、その内容の全ては判りませんが、まろんの安否につい
て話している様子でした。
その様子から、どうやらまろんも無事だったらしいと知り、弥白は安堵します。もっと
もその直後に、どうしてまろんの無事を喜ばなければならないのかと心の中で叫んでもい
たのですが。
十数分が経過し、観覧車のキャビンは一時間近い時を経て地上に到達しました。
続いて、全や佳奈子の乗ったキャビンも地上に到着します。
全はキャビンから飛び出て駆け寄ると、ツグミの名を呼びながら彼女に抱きつきます。
その目からは涙まで流していたところをみると、余程心配だったのでしょう。
「弥白様!」
遅れて、佳奈子も弥白の名を呼びながら小走りにやって来ました。
佳奈子は弥白の前に立ちました。
「?」
佳奈子は横目でツグミ達の様子を見て、そして弥白に抱きついて来ました。
「弥白様ぁ」
肩を震わせ、弥白の胸に顔を埋めた佳奈子。
そんな佳奈子の頭をよしよしという風に、弥白は頭を撫でてやりました。
「大道寺さぁん」
間の抜けた、それでいて良く知っている声がして、弥白は手を止めました。
声のした方を見ると、知世達に置き去りにされた形となっていた、水無月大和が大道寺
知世を出迎えていました。
「(そう言えば!)」
弥白は思い出します。
ツグミには話していませんが、彼女のいたキャビンから、一緒にいた少女が空に飛び上
がって行ったことを。
「あの、木之本さんは…」
「化粧室に行ってますわ」
「え? でも…」
「すぐに戻って来ると思いますわ」
何だか納得がいかない。
そんな表情を浮かべ、大和は辺りをきょろきょろと見回していました。
「その前に、私も化粧室に行きますね」
知世はそう言うと、本当に化粧室の方へと走って行きました。
「弥白様?」
自分の胸元から声がしました。
視線を戻すと、佳奈子が恨みがましそうな目で自分を見ていました。
何だか悪い気がして、再び弥白は佳奈子の頭を撫でてやりました。
再度、佳奈子は顔を弥白の胸に埋めます。
しかし、そんな状態は長くは続きませんでした。
「弥白様〜!!」
その声を聞き、弥白は佳奈子を少し強引に引き剥がしました。
「あっ…」
「弥白様、ご無事でしたか〜!?」
駆け寄って来た椿を見て、弥白は目を丸くします。
使用人の制服──俗に言うメイド服──の上に、プロテクターだの、暗視装置だのを装
着した姿で椿が走って来ました。流石に銃までは装備していませんが。
「随分大げさな格好ね。椿」
「弥白様からメールを頂いた後で、怪盗ジャンヌが遊園地で破壊活動を行っているとニ
ュースで流れたものですから」
そう言うと、椿は佳奈子がしたのと同じように、弥白に抱きつきました。
椿がごてごてと身につけている装備品が当たって痛かった弥白。
もちろん、そのことを弥白は口にせず、椿の背中に手を回してしっかりと抱き寄せてや
ります。
その様子を羨ましそうに佳奈子が見ていましたが、取りあえずそれは見なかったことに
して。
●救護室
ノインが去った後、まろんは座ったまま俯いていました。
考えれば考える程、判らないことばかり。
自分が今、ここで生きていることがそんなにいけないことなのか。
そう思うと、涙が溢れてきそうでした。
もっとも、溢れそうになるだけで、涙は流れません。
何時もの事ながら、そんな自分が嫌にもなります。
「ねぇ都。私、どうしたら良いんだろう」
未だ眠り続ける都にまろんは語りかけました。
「お待たせしました」
引き戸が開く音がして、アンの声がしました。
そう言えば、暖かい飲み物を買いに出かけていたのだとまろんは思い出します。
時計を見上げます。
午後7時近く。ジェットコースター・ネプトゥヌスに乗り込んだのは6時前だったので、
あれから1時間程しか経っていませんでした。
「失礼します」
「失礼します」
アンに続いて、別の女の子と少年の声がしました。
女の子の方は二人いるようです。
「あなた達…」
「こんばんわ。まろんさん」
「こ、こんばんわ」
長い黒髪の少女と、やや茶色がかった短い髪の少女が、アンの背中からひょいと姿を現
して、ぺこりと頭を下げました。
「さくらちゃんと…知世ちゃん?」
「良かったですわ。ちゃんと、覚えて下さっていたようですわ。私たちのこと」
さっき、名前で呼び合っていたからね。
そう、まろんは心の中で呟きます。
「日下部さん! 大丈夫ですか!!」
少女達の更に後ろから(当然、姿は前から見えていましたが)、大和が声をかけました。
何故か視線を逸らしていたのを不審に感じたまろん。
直ぐに、その意味に気付いてそのことを気にするのを止めて言いました。
「ありがとう。委員長。都も無事だよ」
「良かった〜。まさか、あのコースターに乗り合わせていたなんて。本当なら真っ先に駆
けつけるべきなのに。僕は…僕は〜」
一人で馬鹿馬鹿と自分を大和は殴り続けていました。
「そんなに気にしなくても良いよ。委員長はこの子達のこと見てなくちゃいけなかったん
だし」
まろんは、さくらと知世の方を見て言いました。
「そうですわ。私達、観覧車に閉じ込められていて、水無月さんは下で待っていてくれま
したの」
「何とか復旧させようとしたんですけど、何も出来なくて…」
がっくりと、大和はうなだれます。が、急に立ち直って言いました。
「そうだ! 山茶花さんとツグミさんも観覧車に閉じ込められ…」
「無事なの!?」
もの凄い勢いで、まろんは聞きました。
「無、無事です…。山茶花さん、ヘリを呼んでたんで、今頃はもう…」
「そう…」
お見舞いに来てくれるかとちょっとだけ期待したまろんは、少し落ち込みました。もっ
とも見舞いに来たら来たで、都の機嫌が悪くなりそうですが。
それはさておき、まろんには言わなければならないことがありました。
「あの…」
さくらと言う少女が、都を助けてくれた“魔法使い”。
ノインの言葉が真実ならば、さくらこそが都の命の恩人の筈でした。
でも、大和達がいるここでそれを口にして良いものだろうか?
やはり人には言えない仕事をしているまろんは口ごもります。
すると黒髪の少女──知世──がまろんの側に寄って来ました。
そして膝を屈め、耳元でこう囁きました。
「お友達が無事で良かったですわね。まろんさん」
「あの、その…」
ありがとう。
まろんがその一言を言う前に、知世は指をまろんの口の前に立てました。
アンの視線を自らの身体で隠しながら。
気がつけば、さくらの方も知世の後ろまで来ていました。
まろんはそちらの方に顔を向けました。
「(ありがとう)」
声には出さず、只無言で肯いたまろん。
それだけで、さくらには通じたようでした。
さくらもまろんと同じように肯いて、そして笑顔を見せました。
そんなまろん達の様子を不思議な顔をして大和は見ていました。
「そうですわ!」
突然、知世が大声を出し、驚いたまろんはびくりとします。
「な、何…」
「まろんさん、服が濡れてしまわれたとか。アンさんに聞きましたわ」
「え、ええ…」
「安心して下さいな。まろんさんの服なら、用意してありますわ」
そう言うと知世は笑顔を見せました。
「へっ!?」
まろんは何だかもの凄く悪い予感がしました。
「お願いします」
知世が手を叩くと、「失礼します」と声がして黒服を着てサングラスをかけた女性が何
人も入って来ました。
「例のもの、持って来て下さいました?」
「はい。こちらに」
黒服の女性達は中に箱の入っている紙袋を幾つも手にしていました。
「あの…それは?」
「もちろん、まろんさんの衣装ですわ!」
「えええ〜!?」
「大丈夫ですわ。今度はちゃんと作っていますから! あ、もちろん下着も私のオリジナ
ルデザインですわ」
“今度は”“作る”
知世の言葉の一つ一つに、まろんは何かひっかかりを覚えます。
「知世ちゃん、大丈夫なの?」
ややジト目で、さくらが知世にこう言うので、まろんの懸念はますます高まっていきま
した。
「大丈夫ですわ。さくらちゃんの意見もちゃんと取り入れてますもの」
「私の意見?」
「くまさんのプリントパンツは止めましたわ」
「と、知世ちゃ〜ん」
恥ずかしげも無く知世が言うので、まろんはずっこけました。
大和はと言うと顔を真っ赤にしていて、アンは逆に意味が判らないのかきょとんとして
います。
「くまさんパンツ…ああ、そう言えばあんたそんなの昔つけていたわね」
背後から声がして、まろんは飛び上がりました。
「都? …都!」
まろんが振り返ると、寝台の上で都が起き上がろうとしていました。
それを見た瞬間、まろんは再び都に抱きつきます。
勢い余って、そのまま押し倒してしまいます。
「ちょっと、まろん」
ちょっと吃驚した表情を見せた都。
しかし、まろんの格好と表情から事態を察したらしく、それ以上は何も言いませんでし
た。その代わり、手を伸ばしまろんの髪を撫でました。
「大丈夫? どこか痛いところ無い?」
「別にどこも…強いて言えば」
「どこ!? 早くお医者さんに…」
「暑苦しいし恥ずかしいから離して欲しいんだけど」
その時の都は下着姿──服は、ベッドの脇にかけてありました──で、自分自身は毛布
を巻いているとはいえ裸。
見た目だけであれば、妖しい光景には違いありません。
視線を感じてまろんが振り返ると、知世達が真っ赤な表情をしてこちらを見ていて、慌
ててまろんはベッドから離れました。
「お友達の方も気がついたところですし、まろんさん」
真っ赤になっているまろんの手を取り、知世は言いました。
「裸のままでは風邪を引いてしまいますわ。是非、着替えを」
「え、でも…」
「まろんさんはさくらちゃんの命の恩人ですもの! 服なら何着でも差し上げますわ!」
「恩人? 何で…私が?」
「それでは皆さん、お願いしますわ」
そう言い、部屋の隅で待機していた黒服美人に知世は合図をします。
すると黒服達は「失礼します」との言葉とは裏腹に強引にまろんを彼女が寝ていたベッ
ドに連れて行き、カーテンを閉めました。
「ああっ。まろんさんの着替えた姿が楽しみですわぁ。あぁ…目眩が…」
「知世ちゃ〜ん」
直後、カーテンで隠されたベッドから、まろんの悲鳴が響き渡りました。
(第172話・つづく)
では、(その23)に続きます。
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