この妄想小説は, アニメ「D.C.II S.S. 〜ダ・カーポII セカンドシーズン〜」全13話のうち第12話までの内容から, 水野が行った最終話予想を元に, 加筆修正したものです。公式の第13話とはまったく違いますので, 御了承下さい。放映後に確認した原作のエピソードをいくらか拾ってはいますが, 基本的にはアニメ版のD.C.シリーズに準拠しています。
現時点では序章と第1章のみの公開とし, 第2章以降は部分抜き出しとさせて戴きます。完全版はコミックマーケット75にて初頒布しました「Fani通 平成20年(2008年)度上半期アニメ総合感想本」に収録しておりますので, 今後の参加イベント等でお求め下さい。
初音島という島がある。瀬戸内海に浮かぶ, 三日月のような形をした島だ。
本土の人々は, そして島に住む人々は, この島を『常春の島』などと称している。
四季はあるが総じて温暖な気候であるがゆえに。
そして, 不思議な事に1年を通じて桜が花を絶やさないという事実のために。
季節感に乏しいと言う者も少なくないが, 桜を目当てにやってくる客も多く, 観光業が島で最大の産業となっている。
だが, 桜が散らないという特徴は実際には普遍的なものではない。そのような状態になったのは, 過去2回だけなのだ。
初めて散らなくなったのは60年ほど前で, この時は7年程度で散っている。観光業界は大打撃を受けたが, 島の経済が花見客に依存するほどにはなっていなかったため, ほどなくして従来の産業構造に立ち戻った。
その2年後の夏, 季節外れにも関わらず桜が満開になるという事件があったが, 数日で散ったため大きな話題にはなっていない。
2度目に桜が散らなくなったのは10年ほど前だ。
かつての栄枯盛衰を憶えている者も多く, またいずれ散ってしまうのではないかと, 観光の目玉にするのには慎重な意見もあったが, 話を聞き付けた観光客が増えるにつれ, そして住民自身がこの光景に 慣れていくにつれ, 島は自然と景気を良くしていった。
しかし, 恐れていた事態はやはりやってきた。10年目となるこの年の1月, 桜は突如としてすべての花を散らせてしまったのだ。
そうなると, 桜以外の名物に乏しい初音島のこと, 冬という季節もあって, 通勤・通学などで島外と行き来している住民以外の出入りはほとんどなくなってしまった。
観光業界は再び大打撃を被り, 休日はいつも多くの人で賑わっていた通称『桜公園』付近でも, 人や出店が次第に姿を消していった。
ある日の朝, 誰も居ない桜公園を, 厚手のマントに大きな鞄という旅姿で歩いている人が居た。
「あまり変わってないな……」
初音島に来るのは久々なのか, その女性は懐かしむように周囲を眺めながら, 園内を歩いていた。
人が少ないからか気温が低いためか止められている噴水。
昼には子供達が遊ぶであろうブランコ。
そして今は花のない, 島の中でも一際大きな桜の樹。
女性はその樹の前に来ると足を止め, そして囁くように呟いた。
「居るんだね, ここに。……後で, また来るよ」
そう言い残して女性は桜公園を離れ, 住宅街の方へ向かって行った。
初音島で唯一の学校である私立風見学園。付属校と本校が併設された一貫校である。
この学園も, 敷地内外に多くの桜が植えられていた。
桜が散った時は, 一部非公認クラブの生徒を中心に騒ぎとなり, お祭り好きな校風もあって危うく一悶着起きるところだったが, 生徒会及び風紀委員の尽力によりすぐに鎮圧された。
3年生の卒業パーティの準備もそろそろ始まろうかという時期, 誰もが何事もなかったかのように毎日を過ごしている。
本校2年3組, 生徒会長・朝倉音姫ただ一人を除いて――
悲しみに押し潰されてはいられなかった。
落ち込んでいる暇はなかった。
『一心同体』とまで誓い合った桜内義之を失った事は, 音姫にとって正に命を失ったにも等しいほどの苦しみを与え続けていたが, 由夢を, まゆきを, いつまでも心配させる訳にはいかなかった。
何も知らない, 憶えていない二人に, 迷惑はかけられない。
普段は島外で働いている祖母の音夢が, 数日前に突然帰宅した。
音夢にとって夫である純一と, 家族同然に付き合っていた隣人の芳乃さくらは, 義之を守ろうとして果たせず, 桜の中へと消えてしまっている。
音夢はその事を知っているのか, 音姫から何も聞こうとしなかった。
それどころか音姫が無理をしているのを見透かしたように, 何かと気遣ってくれていた。
だが, 音姫は音夢にも本当の事を言えなかった。
音夢も何も知らない, 義之の事を憶えていないのだから。
家では家事を。
学校では学業と生徒会活動を。
すべてが今までと同じようにはできていないかもしれない。
それでも音姫は, 気丈なふりを続けた。
何かに没頭していれば, 義之の事を思い出さなくて済むから。
枕を濡らすのは, 寝ている時だけで良い。
風見学園付属3年3組。
このクラスの生徒達も, いつも通りに日々を過ごしていた。
ほんの少し前より同級生が1人欠けている事に気付かないまま。
音姫はあまりこのクラスには近付きたくなかった。
そもそも義之が居なければ, このクラスの生徒達と知り合う機会などほとんどなかったのだ。
誰かの顔を見る度に, 否が応でも義之の事を思い出させられてしまう。
しかしこの日の昼休みは, 何の因果か3年3組の前を通ってしまった。
そして, 義之の友人達――だった面々――が何やら集まって騒いでいるのが目に付いてしまった。
……行かなきゃ。
そうは思っても, 音姫は彼女達の様子から目が離せなかった。
茜 「小恋ちゃん, 本っ当ーに, 解んないの?」
杏 「どう見ても, ただならぬ関係としか, 思えないけど」
小恋「はあっ, もう, 何度も言ってるでしょ? 全然見覚えないんだってば」
どうやら, 写真らしきものを見ながら, 写っている人物について議論しているらしい。
小恋と親しくしているらしいのだが, 肝腎の小恋は憶えがないようだ。
渉 「そういうお前らも一緒に写ってんじゃねーか。俺もだけど」
杉並「憶えがないのなら, 他人だろう。しかし……俺も一緒に居るというのは, どういうことだ?」
茜 「あーんもう何なのよこれー! 心霊写真!?」
小恋「あ, 茜, やめてよ……」
杏 「心霊, というには鮮明すぎるし, 明るすぎるわね」
小恋だけじゃない, 全員が写っていたようだ。
――まさか。
思わず音姫は, 教室に足を踏み入れてしまっていた。
渉 「あ, 音姫先輩。ちわーっす」
音姫「あの……その写真って……」
茜 「これ, 小恋ちゃんが家から持って来たんです」
小恋「去年の体育祭の時の写真の筈なんですけど, 知らない人が写ってて……」
杏 「知らないのに, どう見ても恋人同士にしか見えない」
杉並「うむ, 実に不可解だ。不可解イコール興味深い!」
――そう。その写真は, 去年の体育祭で, 小恋と義之が撮った写真だった。
恋人同士にしか見えないのは当然で, その頃二人は間違いなく恋人だったのだ。
そして, 一緒に写っている生徒達も, みんな義之の友人だったのだ。
なのに。
今, その写真を見ている5人は, 誰も義之の事を知らない。
憶えていない。
こんなに幸せそうな笑顔でいた小恋ですら。
小恋「ななかも, 知らないって言ってたし……」
茜 「誰も知らなさすぎて, 却って引っかかるのよねえ。こんな事ってあるの? 不自然すぎない?」
渉 「音姫先輩もこいつに見憶えありません? ……音姫先輩?」
音姫「……ごめんなさい, 判らない!」
居たたまれない気持ちになって, 音姫は逃げ出した。
必死で堪えたが, 溢れる涙を止められなかった。
恥も外聞も無く生徒達を掻き分け, 音姫は廊下を走った。
少しでも3年3組から遠ざかりたかった。
なぜあそこへ行ってしまったのだろう。
苦しみが増すばかりだと, 判っていた筈なのに。
廊下の角で, 向こうから来た影とぶつかりそうになった。
まゆき「おっと! ……音姫?」
音姫 「まゆき……」
どうしてこうも間が悪いのか。
心配をかけたくない一人であるまゆきに, よりによってこんな時に会うなんて。
音姫 「ごめんなさい, まゆき。何でもないから……」
まゆき「何でもないって, そんな顔しといて, 信じられる訳ないでしょう。何があったのよ?」
音姫 「何でも, ないから……本当に, 何でもないから……」
言えない。
義之の事も, 自分の事も, 言えない。
親友のまゆきだからといって, 言える訳が無い。
何故なら, まゆきも義之のことを憶えていないのだから。
まゆき「はあ……話したくないなら, 無理に話せとは言わないけどね。天枷さんの時といい, 最近音姫ってばあたしを頼ってくれないじゃない。一人で全部抱え込まないで, 少しは親友を信じてくれないかな。一人は辛いでしょ?」
まゆきの気持ちは嬉しい。秘密ばかりの自分を今でも親友と呼んでくれる。
そんなまゆきに, やっぱり本当の事を言えない自分が嫌になる。
……できないよ, この事は, 相談なんて。
まゆき「……しょうがないなあ。話せるようになったら話してよ。たとえ天地がひっくり返るような事だったとしても, あたしは必ず音姫の味方をするから。それだけ憶えておいて」
音姫 「ごめんなさい, ……ありがとう」
嬉しい。
だけど, やっぱり居たたまれない。
音姫は学園長室に来ていた。魔法使いの大先輩, 芳乃さくらの部屋だ。
だが今, さくらは居ない。
音姫「さくらさん。私, どうしたら良いんですか? 弟くんが消えてしまって, みんなが弟くんの事を忘れてしまって――」
しかし, 音姫の問いに答える声はない。
部屋の主はもう居ないのだ。
自分の魔法の責任をとるため, さくらは魔法の桜の樹の中へ消えてしまった。
音姫「――誰も憶えていなくて, 私だけが憶えていて。なのに, 写真が出て来て。ううん, 写真だけじゃない。この学校には, 家にも, この島全部, 弟くんの思い出でいっぱい――」
一人しか居ない部屋に, 音姫の震える声が響く。
俯いた瞳からこぼれた涙が, 机の上に浸みを作る。
音姫「――いっそみんなと一緒に忘れられれば, こんな苦しい思いをしなくても済んだのに。どうして, 私だけ忘れられないの? 私が魔法使いだから? 事件を沢山起こして, 弟くんを助けられなくて, 弟くんを忘れることもできなくて……そんなものが魔法なの? 魔法って一体何なの!?」
かつて『正義の魔法使い』として, 一人孤独に初音島を支えていた音姫。そんな音姫にできた唯一無二, 『一心同体』の仲間が, 同じ魔法使いの義之だった。
まゆきが言った通り, 一人は辛い。特に, 二人でいる事を知ってしまってからは。
音姫「もう嫌だよ……もう, ここに居たくないよ! 弟くんの, 思い出の無いところに行きたい……!」
「そんな事を, 言っちゃ駄目だ」
音姫が叫んだ時, 突然背後から声が上がった。
魔法の事まで口走っていたから, 聞かれてしまったかと慌てて振り返ると, そこには白黒模様の帽子を被り, 赤いマフラーを巻いた少女が立っていた。
音姫「天枷さん……?」
天枷美夏。数ヶ月前, ほんの一時期だけ風見学園に通い, 去っていった少女。
その正体は, 現代では唯一であろう, 『心』を抑制されていないロボットだ。
学園を『卒業』した後は天枷研究所に戻り, 時々水越舞佳先生を通じて様子を聞くくらいだったのだが, 何故突然学校に来たのだろう?
美夏「音姫先輩が桜内の事を憶えているのには意味がある。忘れたいだなんて, そんな事を言っちゃ駄目だ。そんな事をされたら, 美夏が一人で憶えていることになってしまうではないか。美夏も一人きりにはなりたくないぞ」
音姫「天枷さん……! あなた, 弟くんの事を, 憶えてるの!?」
美夏「美夏はロボットだからな。人間とは記憶の構造が違う。写真や手紙がそのまま残るのと同じなんだ。『桜内義之という人間が居た』という事実そのものまではいくら魔法でも消せはない。そういうことだそうだ」
音姫はますます驚いた。『心』を持つロボットだとは知っていたが, まるで魔法の事も知っているかのようではないか。以前学校に居た頃は, そんな様子などまったく無かったのに。
音姫「天枷さん, 魔法って, 一体何を……?」
美夏「所長から教えてもらった。最近, 水越先生となんだか話が食い違うようになったから, おかしいと思っていたんだが, 今日になって所長が魔法の影響だなんて言い出したんだ」
元々ロマンチストなところはあったがまがりなりにも科学者である所長が, 魔法という言葉を口にした事に唖然とした美夏だったが, 聞けば天枷研究所は, 世界中でほとんど唯一の『散らない桜を研究している機関』だったらしい。
観光業界が桜を傷つける行為を厳しく禁じているため, 個人でも組織でも小規模にしかサンプルを入手できず, また桜が咲いていない時期は興味を持つ研究者が少なく, 結果として島内にある天枷研究所だけが長期に渡って研究を続けられたのだとか。
とは言え, 『魔法』という部分はブラックボックスで, 代々の所長クラスだけが密かに個人研究を続けており, 成果も秘匿しているそうだが。
美夏「所長自身も魔法使いじゃないから桜内の事は憶えていないが, 美夏や色々な人の話を合わせて考えた結果, 『桜内義之という人間が消え, 存在した事すら忘れられている』と判断したそうだ。音姫先輩だけは憶えているみたいだ, とも。最初はまさかと思ったが, 実際桜は散っているし, 学園長は居なくなってるし, ……それにここで, 音姫先輩が泣いているし。魔法とか理屈は良く解らないが, 状況は理解してる」
自分だけじゃなかった。
義之のように音姫を支えてくれる人ではないけれど, 義之の事を共に語り合える人が居た。
音姫は泣いた。
美夏に縋り付いて泣いた。
美夏「これも聞いた話だけどな。昔, 魔法の力で引き裂かれた恋人達が居たんだそうだ。お互いが恋人である事を忘れ, その間に他の人から想いを寄せられたんだが, 二人が恋人だったという事実は消えず, 最後には魔法に打ち勝ってまた結ばれたんだとか」
音姫がようやく落ち着いてから, 美夏は話を続けた。
人の想いは魔法を超える, という話は, 音姫も昔教わった憶えがある。誰からだっただろう?
美夏「『桜内義之』が居たのも, 間違いのない事実だろう? 記憶も写真も, 何もかもが無くなってしまったのならともかく, 音姫先輩は沢山持っているじゃないか。忘れなければ, また取り戻せる」
音姫「でも, 弟くんは, 魔法で消されたんじゃなくて, そもそも魔法で作られた命だったのよ? 魔法が解けたから, ……消えてしまったの。それなのに取り戻せるなんて……」
美夏「作られた命という意味では, 美夏も桜内と同じだ。学校には居られなくなったが, みんなが友達になってくれた。もう生徒ではないけれど, こうして友達に会いに来る事もできる。想いが魔法に勝つというのなら, これだけ音姫先輩に想われているんだ, 桜内だって戻ってくるさ!」
根拠など無いだろう。しかし美夏の言葉は, 折れかけていた音姫の心を支え止めた。
そう, 義之は戻って来る。
必ず取り戻す。
自分がそう信じないでいたら, どうして願いが叶う筈があるだろうか。
音姫「信じなくちゃ, ね。弟くんの事。必ず帰って来るって。よおし, 弟くんを取り戻す方法, 絶対見付けるぞ!」
美夏「その意気だ, 音姫先輩!」
ようやく生気を取り戻した音姫。美夏と一緒にガッツポーズを決めると, ――お腹が鳴った。
そういえば, 今は昼休みだった。
美夏「食堂, 行こうか。実は美夏もまだ何も食べてない」
音姫「そ, そうだね……」
随分久しぶりに笑った気がする。
美夏のことは学園中の生徒が知っているので, 校内を歩いていると声をかけられる事が多かった。
ちょっと時間ができたから遊びにきたんだ, すぐ帰るからあまり大騒ぎしないでくれ, 次は出入り禁止にでもされたらたまらないからな, などと美夏は適当にごまかし, 音姫と一緒に食堂へ向かった。
食堂と言っても音姫は弁当持参なので, 美夏がきつねうどんとバナナを注文するだけである。
流石にここでは人が多いので, 二人は他愛もない話題に留めた。
むしろ美夏がロボットである事を隠す必要が無いため, 以前はできなかった研究所での話などが平気でできる。
ななか「あれー? 美夏ちゃんじゃない。来てたの?」
美夏 「おー, ななか, 久しぶり」
先に食事を済ませたらしい, ななかが声をかけてきた。
音姫・ななか・美夏と有名人が揃ったせいで, 周囲が騒々しい。
美夏 「またななかの歌が聴いてみたいな。今日の放課後, 軽音部はあるのか?」
ななか「あ, ごめん。今日は音楽室が使えないんだ。卒パが近いからブラスバンド部もなかなか譲ってくれなくて, 人数が少ないこっちは月曜だけにされちゃったのよ。美夏ちゃんが来たら, 小恋も板橋君も喜ぶと思うんだけど」
美夏 「そうか, 残念だな。そういえば, 今度はななか達の卒業パーティがあるし, 美夏の『卒業』の時以上に力が入っているんだろうな」
数ヶ月前, 美夏の『卒業』式の時, 準備期間がほとんど無かったにも関わらず, ななかと軽音部は本番の卒業記念パーティにも劣らない生演奏を披露していた。
そして季節は巡り, 本来の卒業式が近付いているのだ。
ななか達が付属校を卒業し本校に進学する。
ななか「うん……でもメンバーが足りなくて。美夏ちゃんの時にやった曲, ギター無しだと難しいのよ。今から作曲するんじゃ間に合いそうにないし……本番をカバーで妥協はしたくなかったんだけどなあ」
何気なくななかが口にした言葉に, 音姫と美夏は顔を見合わせた。
そうだ, メンバーが足りずに困っていた軽音部に, 助っ人で入ったギター担当。それも義之だった。
音姫 「白河さん! 天枷さんの卒業記念パーティの時, 確かにその曲を演奏したのよね!?」
ななか「えっ, どっ, どうしたの音姫先輩, 突然!? ……そりゃ, 間違いなく演奏しましたよ。音姫先輩だって聴いてたじゃないですか」
美夏 「つまり, その時はギター担当も居たんだよな!?」
ななか「うん。……あれ? 誰だっけ? 居たのは間違いないんだけど……え, どうして思い出せないの私!?」
頭を抱えるななか。
義之の記憶は無くなっている。だが, 義之が居たという証拠がななか自身の記憶の中に残っている。
小恋が写真を持っていたのと同じだ。
――他の人達にも, 証拠となるものがあるかもしれない。
美夏 「忘れているのなら, 教えれば良い。桜内が居た事実は消えていないのだから。……そうだな, 所長の言っていた通りだ。ななか, それは……」
音姫 「待って天枷さん。……白河さん, 部活が無いんだったら放課後, 時間あるよね? 月島さんと板橋君だけじゃなくて, 花咲さんに雪村さん, それに沢井さんと, できれば杉並君も誘って, 私の家に来て欲しいんだけど。みんなにとても大切な話があるの」
ななか「え, ええ, 声かけてみます。でも, 一体何なんですか?」
音姫 「集まったところで話すから。きっと全員集めてね。そうそう, 月島さんに, 写真を持って来るように伝えて。うちの場所, 分かるよね?」
そう言って音姫と美夏は, しきりに首を傾げるななかと別れた。
音姫も, まゆきを呼びに行った。
美夏には, 水越先生を誘いに行ってもらった。
色々忙しいだろうから, 来られるかどうかは判らないけど。
時間はこの日の朝に遡る。
音姫と由夢が学校へ行った後, 朝倉家には二人の祖母である音夢が残っていた。
純一達を助けるために音夢が呼んだのは, 魔法の専門家と言える二人だった。
音姫のことは美夏に任せるとして, 次は純一とさくらの事だ。
桜は既に散っているのに『帰れなく』なっているのは何故だろう? 桜を散らせるのに失敗したのは判るけれど, 何故そんな事になったのだろう?
冬とはいえ陽が高く昇ると気温は上がる。時折冷たい風も吹くが, 陽射しの暖かさが寒さを和らげていた。
音夢が目を開くと, そこは桜の樹の前だった。
何も起きなかったのか, と一瞬思ったが, 違う。
いつの間にか夜になっており, 周囲は公園の灯だけで薄く照らされている。
そして, 桜が咲いていた。
とりわけ純一と音夢の姿は, さくらには眩しすぎた。
なまじ他の誰よりも親しい間柄だけに, 会うと二人が築き上げた『家族』の中に, 自分という異分子が入り込むような居心地の悪さを感じてしまう。
――友人以上, 家族未満。
さくら 「僕が消えていないんだから, 桜はまだ力を失っていない。春に花を咲かせた時, 衰えてはいるだろうけど, また願いを叶える。それを抑えるのが, 僕に残された最後の役目だと思ってる」
純一 「まあ確かに, 当時頼まれてたら, 断っただろうな」
義之が帰ってくれば, 当然失くしていた記憶も甦る。
抱いていた想いも取り戻せる。
だが――無かった事にはならない。
由夢「きっと, これが『お姉ちゃんの役目』だよ。だから……ほら, 急いだ方が良いよ!」
公園の中央, 一番大きな桜の樹の前で, 二人の女性が待っていた。
そしてそれが, 義之を取り戻すための, 失わないための, 音姫の役目だった。
音姫のすぐ側から, 声が聞こえた。
ずっと, 聴きたかった声。
大好きな人の声。
それぞれの関係がはっきりしても, 家族としては何も変わらない。
けれど今まで曖昧にしてきた事を, 一緒にはっきりさせる機会でもある。