◆21:40 9回表 十番高校の攻撃

> レイ 「だから、貴女は帰ってきてね。此処に、まっすぐ。」





 直ぐ離れ、にこ、と微笑むレイ。その彼女の笑顔に此方もにこ、
と笑って答える亜美。もう言葉は要らない。そのまま二人は離れ、
亜美は傍らのヘルメットを被りバットを持って打席に向かった。





爺や7「プレイ!」

 主審のコールが上がる。一渡りフィールドに散るシスプリチーム
のポジション変更を見渡しそれを頭に叩き込んでから、亜美は打席
に入った。不安げな顔はしているものの、3塁のちびうさも2塁の
まことも大胆なリードを取らず、淡々と試合再開を待っている。ち
なみに鞠絵が抜けた後のシスプリ側ポジションは、等幅フォントな
図で以下の通り。これまで全く暇だったか、球が飛んできても見送
るだけだったセンターに、なんと亞里亞が入った。きちんとパラソ
ルをさし、センターの守備ポジションにちょこんと立っている。

     亞里亞
      |
 衛    |   花穂
  \  /\  /
   春歌  雛子
   /    \
 咲耶  千影  白雪 控:可憐(ソナー要員)
   \  |  /     鈴凛(メカ担当)
    \ | /      鞠絵(病院付添)
     四葉

亜美 「御願いします。」

 きゅ、と唇を噛んで打席に立った亜美。こうして自分に痛みを与
えていないと、脳裏で悲鳴を上げているもう一人の自分に負けそう
だったから。こんな事までして何になるの?こんな連中に付き合っ
たって勉強の無駄じゃない?こんな辛い事をして偏差値が下がった
らどうするの?そう次々と自分に問い掛けてくる、要は此処から逃
げ出したいだけの自分に。





千影 『まったくだね。勉強が得意なら、それだけをやってれば?』





 ひゅ! すぱん!

爺や7「すたーいく、わん!」





 確かに、明瞭に千影の声が届いた。おそらく誰にも聞こえない、
自分だけの声が。しかも的確に自分の心理を突いている。悲鳴を上
げて逃げ出そうとする自分の心を丸ごと隔離して、亜美は脳の数理
解析部分だけに集中した。テレパシーの様だが、そうじゃない…。





千影 『でも、そんな所ばっかに集中してると、打てないよ?』





 ひゅ! すぱん!

爺や7「すたーいく、つー!」





 また、聞こえた。しかしおそらく話し掛けられていたろうほたる
ちゃんが、これに惑わされず打っている。と言う事はテレパシーで
は矢張り無いのだ。何故ならほたるちゃんことセーラーサターンが
次元壁を越えて外界をモニタリングする能力は、言ってみれば遠視
と予知と精神感応の組み合わせだから。ならばこの声は時間も次元
も越えない、純粋に地球上の現象と言う訳だ。とすると一体・・・。





千影 『ヒントを上げるよ。この声は、君の声だよ。』
亜美 「え?」





 ひゅ! すぱん!

爺や7「すたーいく、すりー! ばったー、あうっ!」





 結果、3球三振。しかしそんな主審のコールなど耳に入らず、
亜美の脳はこれまで6回の「囁き」をフル回転で解析していた。
御蔭で千影に囁かれた「声」で傷ついている余裕も無いのは僥倖。
さて地球上の現象。時間と次元は越えない。相手の心理を突く。
僕の声は、君の声。しかし千影の声で聞こえてくる・・・。





亜美 「あ!」





 打席からバットを抱えぽくぽくと帰りながらつらつら考えていた
亜美が突然声を上げたのを、レイはネクストバッターズサークルで
聞いた。亜美が息せき切って自分のところに駆けて来るのを見てい
た。そして亜美がこう言うのを聞き、正直面食らった。

亜美 「レイちゃん! レイちゃんの家って神社よね?」
レイ 「何よいきなり。火川神社。知ってるでしょ?」
亜美 「ならばオカルトは専門よね。」
レイ 「不穏なこと言わないで。そりゃまあ悪霊退散とかやるけど。」





 にこり、では無い。ニヤリと笑い、亜美はレイに囁いた。





亜美 「レイちゃん・・・





            ラウディヴ・ボイスって、知ってる?」





 幾らベンチ前とは言え、二人の少女が囁いている言葉はベンチの
中から聞き取れる訳ではない。亜美が3球三振で、これでツーアウ
トになっているにも関わらず意気揚揚と帰ってきてレイに話し掛け
ているところを、そしてそれを聞いたレイが「今度は私の出番!」
とばかりに意気建興で打席に向かうのを見て、スターライツは流石
に好奇心を抑えきれなくなった。

星野 「亜美さん! 判ったのか!?」
亜美 「ええ。でも、半分だけ。」
夜天 「半分? んなんで役に立つのかよ?」
亜美 「えぇ、レイちゃんなら。」
大気 「レイさんなら? つまり貴女では駄目だったんですか?」
亜美 「そうですね。私では太刀打ちできません。多分、このチー
    ムの誰でも無理でしょう。でも、レイちゃんなら。」
星野 「判らないなぁ。なら、レイさんの何が役に立つんだ?」

 今度はにこり、と微笑んで亜美が答えた。





亜美 「レイちゃんは、こう言った問題のエキスパートですから。」





 今度はスターライツが面食らう番だった。





爺や7「プレイ!」

 珍しく、目礼だけで打席に入ったレイ。そのまま千影に対し構え
る。あの礼儀正しいレイさんがおかしいな、と思いながらミットを
構えた四葉の耳に、レイが呟く声が聞こえた。・・・おまじない?





レイ 「…是人所有諸罪業障悉皆消滅、當得總持陀羅尼門、辯才…」