3回表[4]
◆11:53 3回表 十番高校の攻撃 1アウト 第2打者
[これまでのお話]仇敵と決戦を迎えたほたる。数度の攻防の果て
に見えたのは、何と自分を含めた仲間に対する、仇敵からの救いの
「手」だった。そして全ての蟠りを捨て去り、今は只、互いを慈し
む彼女たち。しかし、勝負の風が止む事は無い。もとより承知の上
で今は決着をつけるべく、再び戦場へ戻るほたる。華奢な肩に仲間
達と友の想いを一身に乗せ、彼女は再び勝敗の荒野に降り立つ。
さぁ、我らが美神の、明日はどっちだ!
山田 「物凄〜〜〜く、贔屓はいってないか?」 <----(1001)
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試合、再開。ただ、その前に。
はるか「だが、これからはこうした手の内バラシは考えないでくれ」
可憐 「え、何故?」
みちる「だって、つまんないでしょ? 何が出てくるか判らない。
そっちの方が、ずっと面白いわ。そうでしょ?」
咲耶 「でも、それはやっぱりハンデが・・・」
せつな「あら、私たちにだって、まだまだ隠し球の一つや二つは
ありますのよ? 必殺技の応用編だってまだまだ。うふ。」
妖艶に微笑む「大人のお姉さん」の迫力に押し黙る妹達だった…。
爺や 「プレイ!」
再びバッターボックスに立つほたる。カウント2−0。無駄球を
投げない鈴凛を相手に、このカウントはかなり不利だった。
ほたる「でも今度こそ打つ。 あの人たちのために。」
だが、そんな状況も今のほたるには関係なかった。
ほたる「私もお茶会、楽しかった…だから、私も、貴女達が好き!」
何時に無く、ほたるは燃えていた。これまでは只管受身で、ただ
仲間たちを守るためだけに戦ってきた自分。また一方では守られる
だけだった自分。しかし、そこに自分は無かった。単なる壁として、
リセットスイッチとして、圧倒的弱者として、レッテルを貼られた
自分が居ただけだった。だが、今は。
ほたる「私・・・私を、私と認めてくれた、私の友達のために!」
ほたるの燃え上がる思いが、手の中のバットに反応した。超硬質
ジュラルミンのパイプを瞬時に分解雲散霧消させながら、ほたるの
両手に、長大な鎌が立ち上がった。悠久の過去から常に彼女の傍ら
にあった、彼女の唯一の武器であり、つい先ほどまでの唯一の友。
ほたる「お願い、『沈黙の鎌』。 応えて!」
自分の身長の何倍もの長さの鎌を軽々と振り上げ、ほたるは鈴凛
に立ち向かった。さっきまで持っていた金属バットよりはるかに軽
い。それに手に馴染む。常人どころか他の如何なるセーラー戦士で
さえ扱いかねる「沈黙の鎌」だったが、ほたるには此方の方が金属
バットより遥かに使いやすかった。ぼぅ、と鎌から鈍くしかし強い
炎のような光が立ち上る。ほたるの気迫がそのまま「沈黙の鎌」に
流れ込み、力を与える。全宇宙すら「リセット」する武器が、此処
プロミストアイランドスタジアムで発動した。
鈴凛 「…面白いなぁ、本当に。とっても面白い・・・いくよ!」
気軽に呟く鈴凛だったが、自分が何に立ち向かっているのかは
よく知っていた。これでも小さい頃は結構「セーラームーン」を
見ていたのだ。そして今の自分には超遅球しかなく、必ず打たれる
事も予想できている。しかし、ダイヤモンドより強い単分子チェー
ンが切られる、破られる訳は無い。ならば。
鈴凛 「だから、みんなの鉄壁の守備は、絶対に抜かれない!」
そう言い放ちながら、鈴凛は第3球、つまりほたるに対する最後
の球を投げた。今更小細工は通じない。その覚悟は彼女に自分なり
の、つまり「糸」もバイオモーターも使わない、それは中学生女児
が投げるに相応しい球になった。
レイ 「打ち頃!」
美奈子「いけーっほたるちゃーん!」
きゅ、と唇を引き締め、最後までボールから目を離さず、ほたる
は「沈黙の鎌」をボールに振るった。勿論「沈黙の鎌」の本来の力
をそのままぶつけたら、ボールや球場やこの人工島どころか、地球
そのものが吹き飛んでしまう。慎重に出力を調整しながら、ほたる
はボールに対し的確な作用反作用の力を与えた。その結果。
きん!
うさぎ「やたっ! 今度は前に飛んだ!」
ボールに正確な運動ベクトルが与えられ、フィールド高く舞い上
がった。使い慣れないバットでの打球と違い、今度は正確に飛翔す
る。目指すは、バックスクリーン。だが、しかし。
亜美 「いけない! これなら『糸』が届く!」
一直線にバックスクリーンを目指す弾道なだけに、高度が低い。
そして半径15mは鉄壁な守備範囲になる鈴凛特製グラブなら十分
にこれを押さえられる。亜美はいち早くこれに気付き、そしてシス
プリ側守備陣も当然そのつもりだった。
鈴凛 「いっただきー!」
自分の頭上を通過しようとする打球へ、鈴凛がグラブを延ばした。
グラブ内の微妙な指先のタッチで「糸」の射出機構を起動し、打球
へ手を伸ばす。見えてはいないが「糸」は確実にボールを絡め取っ
た筈だ。十分に積んだ練習の経験が、鈴凛にそれを確信させた。が。
鈴凛 「何!? 『糸』が切られた!」
グラブからエラー音が鳴る。途中で切られ、ふわふわと制御され
ずに漂い始めた単分子繊維を、無作為に何かを切断しはじめる前に
グラブの中の自動機構が瞬時に巻き取る。切り飛ばされた先の「糸」
は、元々殆ど重量を持たないから、そのまま上空に舞い上がる。そ
れより鈴凛はこのダイヤモンドより硬い「糸」が切れた原因が判ら
なかった。これ1本でダンプを吊るす事だって可能なのだから。はっ
として、バッターボックスを振り向く。
ほたる「飛んで、お願い!」
普通の打者、と言うか普通の野球なら、ボールを打ったバッター
は直ちに1塁に向かって走り出すのがセオリー。だがほたるはこの
常識を全く無視して、バッターボックスに仁王立ちし「沈黙の鎌」
を構えたまま、打球の行方をきりっとした瞳で追っていた。
可憐 「行かせない!」
春歌 「やらせはしません、やらせは!」 <----(1002)
セカンド可憐とショート春歌が、鈴凛と同様にグラブを打球へ向
ける。再び打球を追う鈴凛。見えない筈の「糸」だったが、鈴凛に
は姉たちのグラブから一直線に打球へ伸びる何本もの線が見えた。
伊達にこの素材を開発した当事者な訳ではない。が、その彼女の鋭
い視界に、理解できないものが映った。
鈴凛 「なに、あの『光る刃』は!?」
打球へ伸びる何本もの「糸」。しかし打球は、鈴凛が見た「光る
刃」に守られ、ぐんぐんと伸びてゆく。打球に絡みつく「糸」、ま
たは打球に届く前の「糸」は、悉くあっさりその「光る刃」に両断
されてしまう。金属バットさえチーズの様に切った不可侵の「糸」
を束にして断ち切りながら。打球を追ってバックスクリーンに向かっ
ている鈴凛の背後から何枚もの「光る刃」が飛び立ち、それが打球
を囲むように追い縋り、追い越し、全ての「糸」を断ち切ってゆく。
ほたる「いゃーーーーーーっ!」
再び打席へ振り返る鈴凛。見れば、打席に仁王立ちしているほた
るが雄叫びを上げながら「沈黙の鎌」を縦横無尽に振るっていた。
いくら長大な「沈黙の鎌」とは言え、当然上空を舞う打球に届く訳
が無い。何をやっている?といぶかしむ鈴凛だったが、直ぐに謎は
解けた。ほたるが鎌を振るうたび、その刃の軌跡が空気中に残る。
次の瞬間、それは「光る刃」に凝集され、ほたるの前から上空の打
球に向かって飛び立つ。いや、射出される。
鈴凛 「ほ、ほたるちゃん! キミ・・・・・、
空間を切って、その断層を『糸』にぶつけているの!?」 <----(1003)
必死で自分の打球を守るべく、滝の様に襲う「糸」を「沈黙の鎌」
の刃で守り続けているほたるに、この問いへ答える余裕は無かった。
「沈黙の鎌」。あらゆる時空域へ任意に干渉でき、それを操作する
事が可能な兵器。代表的な技は、あらゆる干渉を跳ね除け身を守る
事が出来るサイレンスウォール。それはまさしく、究極の盾。
ほたる「全ての攻撃から身を守る盾が作れるなら、
全ての守りを断ち切る矛も作れる筈!」
掛ける想いが、力になる。それをまさに実証しながら、ほたるは
「沈黙の鎌」を懸命に振るい続けた。ナイアガラの滝のように押し
寄せる「糸」から打球を守るために。自分の思いをぶつけた、その
証を守るために。友の思いへ応えた自分の思いを明かすために。
こうして。ほたるにとって、永遠と思える一瞬が過ぎ、
かん・・・
かけられた思いの大きさとは裏腹の、軽い音をたて、
打球は、バックスクリーン上段に跳ね返った。
一瞬後。息を詰まらせながら打球の行方を追っていた3塁側ベン
チから大歓声が上がる。
うさぎ「やったやったやったー!ホームラン、ホームランだぁ!」
美奈子「ほたるちゃん、凄い凄い凄ーい!」
まこと「初ヒット、初得点だ! やったぞ、ほたるちゃん!」
レイ 「偉いよほたるちゃあーん! サイコー!」
躍り上がって喜ぶセーラーチーム。その声を空ろに聞きつつはぁ
はぁと荒い息をつきながら、ほたるはぼんやりとバックスクリーン
を眺めていた。1拍遅れてファンファーレが鳴り響き、オーロラビ
ジョンに派手派手しくホームランのロゴが浮かび上がる。信じられ
ない思いで固まった姿のまま、それを眺めるほたる。と、額に汗で
張り付いた前髪が、つい、と拭われた。びっくりして振り向くと、
マスクを外して微笑む四葉が自分の乱れた髪を治してくれていた。
ニコニコと笑いながら、四葉がほたるに話し掛ける。
四葉 「おめでとう、ほたるさん。凄いホームランデシタ。」
ほたる「え、あの、その、あ・・・ありがとう・・・」
四葉 「さ、回ってきて下サイ。みんな、貴女を待っていマス。」
ふと見れば、シスプリ側チームメイトたちが自分に微笑みかけて
いる。ふと気恥ずかしくなり、慌てて手の内に「沈黙の鎌」を仕舞
うと、ゆっくりほたるはベースを回り始めた。
ぱちぱち、ぱちぱちぱちぱち・・・・・
グラウンドか拍手が上がり始める。見ると、守備に着いている妹
たちがグラブを外し、ほたるに拍手を送っていた。
鈴凛 「わぁ完敗だなー、ほたるちゃん。凄いやその鎌。」
千影 「本当に凄いな、ほたるさん。あの鎌には勝てん。」
可憐 「ほたるちゃん、すごかったね。とても勝てなかったわ。」
花穂 「立派だよー! ほたるちゃーん!」
衛 「ほたるちゃーーん! キミ、すごいやー!」
白雪 「ほたるさーん! とっても素敵ですのー!」
春歌 「感服しました。とても敵いませんわ、ほたるさん。」
咲耶 「凄いよほたるちゃん。本当に立派ね。」
ゆっくりとベースを回るほたるに、妹たちから次々と賞賛の声が
かけられる。こそばゆく気恥ずかしく思いながら、それでもほたる
は浮き立つ心が押さえられなかった。自分たち、セーラー戦士の事
を真正直に認めてくれた友人達に、自分はまっすぐ応えようと全力
で立ち向かった。そして、そんな自分の思いはこうして大きな友人
たちの声となって帰ってきてくれた。ホームランなんてどうでも良
い。それは只の結果に過ぎない。今大事なのは、自分が友人たちの
思いに応えられ、それに対して友人たちがまた応えてくれた事。
ほたる「私・・・私・・・友達が、出来たんだ・・・」
この事に気付き、倍増す嬉しさが自分を包む。押さえきれず、そ
の嬉しさに泣きじゃくるほたる。瞳から涙を流しながら、口元では
微笑みながら、ほたるはそのままベースを回り、ホームベースの向
こうに総出で出迎えている、矢張り大事な友人たちの胸に駆け込ん
でいった。思いっきり泣きじゃくりながら、思わずほたるは叫んだ。
ほたる「はるかパパ、みちるママ、せつなママ、みんな、みんな…
私、私、この試合に出て、本当に良かった!」
■3回表1アウト|1|2|3|4|5|6|7|8|9|− ■
■Sailors|0|0|1| | | | | | |1 ■
■Sisters|2|0| | | | | | | |2 ■
■ NEXT うさぎ・美奈子・レイ ◆ マウンド 鈴凛■
水野夢絵 <mwe@ccsf.homeunix.org>
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GnuPG Key fingerprint = 9BE6 B9E9 55A5 A499 CD51 946E 9BDC 7870 ECC8 A735