私の亡き親の世代に当たり、また日本国のため戦地に赴き戦って来られたことに
敬意をはらいたいと思います。貴重なHPの記事も拝見させていただきました。
九死に一生を何度か得られたこと深甚に存じます。

もし宜しければ教えて頂きたい事があります。
HPにも殆ど書かれてないと思いますが、靖国神社について
昨今論議が出ておりちょっと的外れなところがあると思っておりまして、
靖国神社は英霊が祀られていてそこにA級戦犯が合祀されているとか
いないとかで論議されていると思います。
それよりも私は、当時為政者は田舎の青年たちにお国のために死んだら
靖国の英霊にする。神にする。といって戦争に駆り立てる非常に強い
インパクトを与え靖国の名を戦争遂行に利用していったものと考えています。
当時の心理状況としてこのまま死んで墓に入っても「功成り名を遂げること」
は容易ではなくしかし戦に行って例え生きて帰ってこれなくても日本の神に
成る事が出来るとなったとき意識高揚したことは想像に難くないところです。
そこでの靖国の役割、戦争遂行の一つの精神的支柱、を問題にすべき
ことと考える次第です。
本来神社は怨みを持った霊が現世に祟りを及ぼさないように鎮魂の
意味で祓うものと認識しております。そういう意味では為政者は戦争に
行って死んだ人々は無念の死を遂げ怨霊と成ることを想定しているわけで、
英霊とする。とか神にする。とか云うこと自体欺瞞に満ち満ちている。と、
今では思えます。当時はそんなことを考える術も無かったと存じますが
為政者のこの様な行為ははたして有ったのでしょうか?

因みに当時歌われたかどうか定かでないのですが軍歌「同期の桜」
五番を記します。

【同期の桜 五番】
貴様と俺とは 同期の桜
離れ離れに 散ろうとも
花の都の 
靖国神社
庭の梢に 咲いて会おう
=======================

ご意見いただけると幸いです。

komoritokio wrote:

>あの日から60年、紅顔の美少年?だった私も84才になった、いくら甘く見てもあ
>と5年で戦友達にあの世で会える。同年輩のおじいさんの名誉の為に言い残して置く
>が、我々の世代は誰も戦争が好きで戦地にいった訳ではない、今何を言っても言い訳
>に聞こえるが、確かに軍人が好きな同僚学生も居たが彼らは陸軍幼年学校か士官学校
>へ入学し職業軍人の道を歩んで居た、その他の大多数は徴兵が嫌で嫌で毎日悩んでい
>た。然しこれは親にも言えなかった、親友と喫茶店の隅で小声で話す位であった。独
>裁国家の怖さである、現在の北朝鮮の様なものか、容赦なく20才の誕生日は来る、
>こうして入隊したら最後鉄拳の嵐で軍人に仕立て上げられて行く、然し心の中は変え
>られない、戦争が頭の上を通り過ぎていくのをひたすら待って居た、komoriは残虐軍
>人の世代のくせに、言う若者も居るが、好むと好まざるに限らず兵隊で有った事は変
>わりないので、現在まで言い訳は言わない事にしていたが残り少ない同年輩の兵隊さ
>んが若者達に謂われのない悪感情を持たれて居るのは残念で筆を執った次第である。
>
>--
>
>an old resident a story :an ccount.
>古老の人
>http://www13.ocn.ne.jp/~uranai
>
>  
>