Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
携帯@です。
第174話の最終章をお届けします。
# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そういう2次創作物が嫌いじゃ無い方のみ、以下をどうぞ。
この記事は、第174話(その19)(最終)です。
Message-ID: <newscache$j0vlqi$nc4$1@news01a.so-net.ne.jp>
にぶら下げる形となっています。
(その1)は、<newscache$7vxlqi$196$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その2)は、<newscache$vkqyqi$s7d$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その3)は、<newscache$itlbri$943$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その4)は、<newscache$g3gzri$c4h$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その5)は、<newscache$96vhsi$9h5$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その6)は、<newscache$zrwrsi$s4k$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その7)は、<newscache$p093ti$xrc$1@news01b.so-net.ne.jp>から
(その8)は、<newscache$i4bsti$q6h$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その9)は、<newscache$kmlkui$f61$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その10)は、<newscache$0gaavi$und$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その11)は、<newscache$2dwgwi$cth$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その12)は、<newscache$7dr5yi$6oe$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その13)は、<newscache$sl1yyi$vn1$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その14)は、<newscache$56uo0j$4qk$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その15)は、<newscache$wc9n1j$ao8$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その16)は、<newscache$ygt93j$3sl$1@news01b.so-net.ne.jp>から
(その17)は、<newscache$62sa4j$7ej$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その18)は、<newscache$78pn4j$e3c$1@news01a.so-net.ne.jp>から
それぞれどうぞ。
^L
★神風・愛の劇場 第174話『盲目の愛故に』(その19)
●桃栗町・桃栗タワー
桃栗町で一番高い、展望塔と電波塔を兼ねたタワーの上で、シンはこの街の市街地に展
開した部隊を統一的に指揮していました。
自らは敵の前面に出ることは無く、遠くにいる部隊に命令を発するだけの戦ぶりは、魔
族の中では怯懦と言われても仕方のない態度ではありますが、これが最も自分に取って効
率の良い戦い方だと結論づけていました。
どうしても、自分が戦いながらだと周りに対する注意力が落ちてしまうからです。
《…神の御子が“おるれあん”を出ました。西部地区に向かって移動中》
《…天使A、依然波止場付近で1中隊と交戦中》
《…“おるれあん”付近で2中隊、天使Bからの攻撃を受けた! 至急増援を要請。詳細
位置…》
「第5中隊を第2中隊の支援に回せ」
《第5中隊は待機位置より次の座標に移動。第2中隊の支援に回れ…》
「予備中隊は動けるか?」
《いつでもおっけーです大将!》
「大隊長殿と呼べ。動いて貰うぞ。目標は神の御子だ。移動の妨害だけで良い。無理はす
るな。故郷で母ちゃんが待ってるんだろ?」
《いぇっさー!》
●桃栗町中心部
既に日の暮れた街に飛び出したまろん。
ある程度の覚悟はしていたものの、マンションを出てすぐに悪魔達が群れを成して襲い
かかって来ることまでは予想外でした。
もっとも、寄ってきた悪魔達はどれも貧弱で、その攻撃はまろんに危機感を覚えさせる
には遠いものでした。
とはいえ、その攻撃を無視することは出来ませんでした。
彼らの攻撃は、道ばたのブロック塀を突如破壊してまろんの方に倒して来たり、看板が
飛んで来たり、無人の自動車が突然突っ込んできたりと、周囲を巻き添えにしかねない荒
っぽいものだったからです。
「(天使達の側に援軍が来るのでなりふり構わないってことか。ツグミさん!)」
まろんは慌てて着替えを詰めこんだバッグからロザリオを取り出します。
周囲を確認し、人目のないことを確認した上でそれをかざすと、眩い光と共にまろんは
ジャンヌへと変化します。
「ゲームスタート! ついてこれるなら、ついて来なさい!!」
そう悪魔達を挑発すると、跳躍し、家々の屋根の上を飛び跳ねていくジャンヌ。
取り残された悪魔達は慌てて、ジャンヌを追い越し、或いは空間を跳躍して前方へと回
り込みました。
一体どういう力を用いたのか、ジャンヌの前方にある建物がすっぱりと斜めに切断され
──元々灯りはついていなかったので、無人だと思われました──、ジャンヌに向かって
倒れて来ました。
ジャンヌは手にしたリボンを一閃、その建物は粉々になって消滅してしまいます。
なおも、立ちはだかろうとする悪魔達の集団。
まるで黒雲のように見えました。
「邪魔するな〜!!」
ジャンヌは叫ぶと、その辺りで一番高い建物の屋上にある給水塔の上に立ちました。
そしてスティックを横にして、封印の言葉を早口で叫びます。
「神の名の下に! 闇より生まれし悪しき者をここに封印せん!!」
悪魔達はジャンヌが何をしようとしているか悟ると散開します。
しかし、ジャンヌが展開したリボンは伸びに伸び、直径数百メートルに及び、悪魔達の
過半はその中に閉じこめられてしまいました。
「そ、そんな馬鹿な〜!!」
「馬鹿な。脱出できない!」
「母ちゃ〜ん」
「隊長〜」
閉じこめられた悪魔が口々に叫びます。
しかし、ジャンヌには何だか判らない叫びにしか聞こえませんでした。
「チェックメイト!」
「ギャアアアアァァ」
リボンの包囲網の中で一瞬、煌めきが生じて消えました。
その後からばらばらと、大量の封印の駒が家々の屋根に向かって降り注いでいきます。
悪魔達は未だ残っていましたが、行く手を阻む悪魔達の大軍にぽっかりと穴が開きまし
た。
ジャンヌは封印の駒を回収することはせず、その穴を抜けてツグミの家へと文字通り跳
んで行きました。
悪魔達の群れをくぐり抜けた後で、追撃が無いか振り返ったジャンヌ。
しかし、今の攻撃で恐れをなしたのか、悪魔達は追いかけては来ないのでした。
●桃栗町・桃栗タワー
《予備隊、第2、第3小隊全滅!》
「ば、馬鹿な……」
その時の様子はシンからも見えていました。
神の御子の力が日に日に強化されているのは聞いていましたが、これ程までとは思って
いなかったのです。
「追撃はするな。まずは、味方の回収だ。出来る限り、封印の駒を拾い集めるのだ。天使
共と交戦中の部隊は、そのまま交戦を継続」
《予備隊は、封印の駒を全力で回収せよ…》
シンはぺたりと桃栗タワーの展望台の上に座り込み、自分で自分の肩を揉み呟きます。
「こんなんで良かったのかな…」
●桃栗町西部郊外
途中、何度か振り返りましたが、その後悪魔達は追いかけては来ませんでした。
周囲から悪魔の気配は最早感じられることもありません。
「諦めてくれたのかな?」
向こうの方で、パトカーや消防車のサイレンの音が聞こえます。
恐らく、ビルが壊れたりしたので出動したのでしょう。
ともかくも、まずはツグミさんの安否を確認しなくちゃ。
変身を解いたまろんは、ツグミの家へと向かう県道を走って行きました。
海を見下ろす崖の上にあるツグミの家。
それは、県道よりは小高い場所にあります。
その家が見えて来た時、何とも言えない不安にまろんは襲われます。
既に日はとっぷりと暮れていて、辺りは暗闇に包まれています。
にも関わらず、ツグミの家には灯りがついていませんでした。
もちろん、ツグミ自身は灯りなど必要とはしません。
しかし、盲導犬のイカロスは灯りが必要なので、灯りはつけている筈でした。
ましてや、まろんを電話で呼び出していたりするのだから。
「ツグミさん!」
県道からツグミの家へと登る小道。
ツグミの名を呼びつつ、まろんは息せき切って駆けて行きました。
ずっと走り続けてきたので、身体は汗でびっしょりで、ツグミさんの家についたらまず
シャワーを浴びたいなとまろんは思います。
まろんが玄関に辿り着こうとする直前、灯りが点灯されました。
それを見て、ほっとするまろん。
改めて周囲の気配を探ると、やはり悪魔の気配はありません。
プティクレアも何の反応も示してはいません。
「日下部さん」
チャイムを鳴らすまでも無く、内側から扉が開きツグミが顔を覗かせました。
「ツグミさん!」
溜まらず、まろんはツグミに抱きつきました。
「良かった……無事で」
ツグミの無事を確認したまろんは、後ろ手で扉を閉めます。
そして二人はどちらからともなく、長い時間をかけて何度も挨拶を交わします。
「来てくれないかもって思った」
二人の身体が漸く離れた後で、ツグミは言いました。
「どうして!?」
「もう日下部さんは私を必要としていないのかなって」
「そんなこと無いよ!」
「でも、一昨日は遊園地で随分とお楽しみだったようね? 東大寺さんと」
「そ、それは…」
その日の出来事を思い出し、口ごもってしまうまろん。
「それに…」
ツグミはまろんの頬に顔を寄せて耳元で囁きました。
「オトコの匂いがするわ…」
「え」
まろんの心臓が高鳴ります。
さっきは、勢いで稚空と……。
「図星なのね……」
「あ、あの、その」
ツグミさんには、嘘はつけないとまろんは観念しました。
「その…心細かった時に迫られて、つい、その…。でも抱き合っただけだから…」
「へぇ…“だけ”ねぇ…」
何だか、ツグミさんのキャラが違うなぁとまろんは感じます。
「だって…心細かったんだもん。悪魔達の攻撃は日に日に容赦なくなってくるし、都まで
死にかけるし、相談できる人は少ないし…。それなのに、ツグミさんは冷たくされる
し……」
ついこの前、フィンとのことで相談しようと訪問した時のことを愚痴ってしまったまろ
ん。言ってからすぐに、後悔することになりました。
「ごめんなさい…。あの時は、私のことであなたを縛りたくなかったの。でも、私が間違
っていたわ……。距離を置いてみて判った。私、やっぱり日下部さんと離れたくない」
まろんの胸元に顔を埋めて、ツグミは言いました。
その身体はびっくりする程小さく、震えていました。
「ツグミさん…」
「ね、今日は泊まっていってくれるんでしょ?」
ずいと、ツグミはまろんに迫ります。
「う、うん…」
もとより半分そのつもりだったとはいえ、気圧された感じでまろんは肯きました。
先ほどの稚空の時もそうでしたが、何だか流されているなぁと感じます。
そう言えば、ツグミさんにもそんなことを突っ込まれていたような。
「これからのこと、ゆっくりと相談しましょう。夜はまだ長いのだから」
「ちょ、ちょっとツグミさん!」
まろんはツグミに手を引かれ、家の中へと導かれて行きます。
連れて行かれた先は、二階の寝室。
そう言えば前にこの部屋に入ったのはいつだっただろう?
ひょっとして、セルシアが来てからは無かったっけ?
いやいやそんな問題じゃない。
そもそも、ものには順番が…。
「ねぇ、汗かいたから、シャワーを先に浴びたいんだけど」
カーテンを閉めたり、机に向かって何かをしているツグミの背中にまろんは声をかけま
した。
「私は気にしないわ」
「でもでも」
「どうせこれから汗をかく訳だし」
髪を解き、服に手をかけたツグミ。
「そうだ、食事…」
「後で用意するから、ね」
「今食べたい…む……」
まろんの口を再びツグミの口が塞ぎます。
ごくんとまろんの喉をツグミの唾液が通りすぎていきました。
それは、何故かもの凄く苦い味がして、まろんは口を離して咳き込んでしまいます。
「食事なら、まず私を食べて…」
再び、強引に口を塞がれたまろん。
苦いものが再び、喉を通りすぎていきます。
そしてツグミの手がまろんの肌を滑ります。
まろんの体中に走る感覚。
いけない……駄目……こんなことされたら……もう考えられない。
とろんとした目となったまろん。
その身体からは力が抜けて行きました。
目の前のツグミが普段のツグミでは無い。
そう気づいたのに、まろんは何も出来なかったのです。
気がつくと、柔らかいものの上にまろんは寝かされていました。
肌の上に感じる冷たいものと暖かいもの。
もう、まろんは何も考えることは出来ず、ただただ、ツグミに身を任せていました。
おかしい…。おかしい……こんな見え見えの罠に……私……。
まろんの意識は混濁し、やがて何も判らなくなるのでした。
*
二つの影の片方が動かなくなりました。
やがてもう一つの影も動きを止め、最初の影の上に覆い被さるように崩れ落ちます。
そして、部屋からただ二人の寝息だけが聞こえるようになった頃、部屋の片隅から、
二つの人影がぬっと現れました。
その人影──レイとミナは、慎重にまろんの様子を伺い、完全に眠っていることを手で
触れて確かめます。
“よし、完璧に寝ている。トキ達が来ないうちに引き揚げるぞ”
“ツグミも寝ているわ”
“自分でも少し飲んでしまっただろうからな”
“何だか、だまし討ちみたいで嫌な気分…”
“嫌な思いをさせて済まない。ミナ”
“最終的に作戦を決めたのは私よ。ごめんなさい。レイを責めるつもりはないの。だけど、
ツグミの心の闇を利用して、思いのままに操るなんて、まるで私達は悪魔みたい”
“今の私達は魔族の一員。それに、天使も悪魔もやることは表裏一体で同じさ”
“それもそうね…”
“そう言えば、あれはどうした?”
“ちゃんと仕掛けてきたわ。気づくかどうかは……彼ら次第”
“ならば、義務は果たした訳だ”
“そうね。取りあえずは”
“ならば行こう。私達の幸せのために”
レイは、手早く服を着せたまろんを抱えて飛び立とうと羽根を広げます。
しかし、ミナが今度は口から声を発して呼び止めました。
「ねぇ、ツグミはどうするの?」
「この娘は色々知り過ぎた。消してしまいたいところだがそうもいかない。フィンの手駒
なので傷つけることは命令で禁止されている。放置しておくしか無いだろう」
「考えがあるの。ノイン様のお屋敷に運んで、そこで時間をかけて神の御子や私たちの記
憶を消してしまうのはどうかしら? 神の御子がいなくなってしまったら、この娘も悲し
むわ。それ位なら……」
「…そうだな。人質代わりにもなろうしな。それとも…」
「何?」
「いや、何でも無い」
この娘も一緒に魔界に連れて行ったらどうか。
ツグミの心の色を見たレイは、そんなことを一瞬考え、そして打ち消していたのでした。
●桃栗町のどこか・ノインの館
「すいません。遅くなりましたっ!」
陣で仕事が溜まっていたため、ユキがノインの館を再び訪れたのは、すっかり日が
暮れた頃となってからでした。
「待っていましたよ。それでは、夕食にしましょうか」
「え、まだ夕食を食べておられなかったのですか?」
「ええ」
「す、すいません。そうと知っていれば、もっと早く帰って来たのですが」
恐縮するユキをノインはダイニングへと誘います。
既にダイニングのテーブルには皿が並べられていて、後は盛りつけるだけの状態となっ
ていました。
「それではエリス。お願いします」
「はい」
ノインが食事を始めるよう、エリスに命じた時でした。
ノインの館の玄関の扉が開き、廊下を二人分の足音が響きます。
「足音は二人…。レイ様とミナ様かな?」
ダイニングの扉が開くと、エリスの予想通りにレイとミナが姿を現しました。
しかし、エリスの予想は少しばかり異なっていました。
「まろん様…それに」
「ツグミさん!?」
「お姉さんでぃす」
ツグミのことを直接知っているユキとアン、そしてシルクが驚いて言います。
「何と」
「……」
レイがまろん、そしてミナがツグミを抱えて立っていました。
「ノイン様。見ての通り、神の御子を捕らえて参りました。薬を飲ませたので、最低でも
翌朝までは眠ったままと思われますが、どこかに閉じこめておいた方が良いかと」
「この瀬川ツグミは、私たちの正体に気づいたので、念のため捕らえて来ました。出来れ
ば神の御子や私たちに関する記憶を消してしまいたかったのですが、記憶操作には時間が
必要なので、こちらに。ご許可を頂ければ私が彼女の記憶を操作したいと思います」
「確か、この屋敷の地下に神の御子のための部屋を用意してあると聞いています。神
の御子はそこに厳重に監禁しておいた方が良いと考えます」
そのことをどうして知っているのか。
ノインは言いかけ、口にするのは止めました。
「二人のことをお任せしてよろしいでしょうか」
ノインは肯くと、エリスの方を向いて命じます。
「エリス、聞いてのとおりです。すぐに起き出すことは無いでしょうから、日下部まろん
と瀬川ツグミを取りあえずお客様用の寝室に」
「判りました」
エリスとアンが二人を抱えてダイニングを出て行った後で、ノインはレイとミナの肩を
それぞれ叩いて言いました。
「まさかこんなにあっさりと神の御子を捕らえて来るとは。見事な戦果です」
「大したことはしていません。これなら、誰でも出来るかと」
「いえいえ。魔王様もお褒めになるでしょう。二人には、後ほど恩賞が与えられる筈です。
詳しい報告は明日で結構ですので、今日はゆっくりと休んで下さい。ミナの方は特に、休
息が必要でしょう?」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
「失礼します」
詳しい報告をせずに、早々に引き揚げたレイとミナ。レイはもうこれで戦わずに済むと
いう嬉しさに、ミナの方は純粋に疲れたが故の行動で、それが故に二人はその夜、同じ床
で眠りに落ちるまで、何も知らずに幸福な時を過ごしたのでした。
*
レイとミナが屋敷を出て行き、エリスとアンがダイニングに戻って来た後で、ノインは
大きなため息をつきました。
「どうしたんですか? ノイン様。ため息なんかついて」
「ノイン様はお困りなのだよ。エリス」
ミカサが、ノインの考えを代弁します。
「神の御子を捕らえ、後は魔界に凱旋するだけなのでしょう? 万々歳じゃないですか」
「ユキ。例の件について改めて報告を」
「はい。レイ様の部隊がシン様の部隊から入手した物資についてですね?」
ミカサが肯くと、ユキは報告を始めます。
「レイ様の中隊の療兵長が入手したのは、魔界の草花の抽出液から合成された遅効性の睡
眠導入剤のようなものです。その…眠る前にちょっとした副作用もあるようで、実はそち
らの方の目的で用いられることが多いそうですが、害のあるものではありません。ただ、
天使には効果の無い薬なので、どうして入手を命ぜられたのか判らない、と療兵長は話し
ていました」
何故か、顔を赤らめながらユキは報告しました。
「ユキの話を補足すると、その薬はとても苦いので、何かに混ぜて飲ませるのは困難です。
どんな手を用いたのか詳細は判りませんが、恐らく瀬川ツグミを使って日下部まろんに薬
を飲ませたのでしょう。それにしても困ったことを…」
「どういうことです?」
「あの薬は、そもそも人間が飲むものではありません。龍族のように、もっと屈強な魔族
のために調合されたものです。それ故下手に飲ませると死の危険もあります。レイはその
ことを知らなかったのですね」
「それじゃあ…二人は…」
「後で、二人を診察します。ちょっと見た限りでは、差し迫った命の危険は無さそう
ですが、後で、私が調合した薬を飲ませて下さい」
「ノイン様。神の御子の障壁はその眠り薬には効果は無いのですか?」
ミカサが当然の疑問を口にします。
もっとも、エリスはその疑問の回答を知っていましたが。
「良い質問です、ミカサ。障壁は基本的に既知の脅威から、御子を自動的に守ります。し
かし、ただの眠り薬に対して、障壁は自動的に働くでしょうか? それに加えて、身体の
内側からの攻撃に対して障壁がどの程度有効なのかは、実は未だ判っていないのですよ」
「しかしノイン様、その薬は人間にとって危険だと」
「薬の危険性について、仕掛けた者も仕掛けられた者も知らないとしたら?」
「そんな単純な手で神の御子を攻略出来るとは……」
「確かに単純です。それだけに、二度と同じ手は使えないでしょう。神の御子の魂も学習
するでしょうから。惜しいですね。この手は最後の手段として取っておきたかったのです
が」
その口ぶりからすると、同じ作戦をノインも考えてはいたようでした。
「薬の話は判りました。で、他に困ったことがあるんですか、ノイン様?」
エリスが更なる突っ込みを入れます。
「二つあります。一つは、だまし討ちのようなやり方をして神の御子を捕らえ、魔界に連
れ帰っても、それまでの道中で御子が暴れ出しでもしたら面倒なだけです。ま、その点に
関しては、解決策はありますが。二つは、魔王様はこのような形での決着はあまり喜ばれ
ないだろうということです。それでは、派遣軍の面目が立ちません」
先ほどレイ達にかけた言葉と矛盾することをノインは言いました。
ノインの話を聞きながら、昨日、プールではぐれ悪魔に神の御子を倒させなかった自分
の判断は間違っていなかったんだとユキは思います。
「なら、話は簡単ではないですか」
ノインの話を聞き、エリスは小さくため息をつくと胸を張って言いました。
「どうするんです?」
「今回の件を“無かったこと”にして、二人を元居た場所に目覚める前に戻すんです。も
ちろん、治療はした上で」
「名案です…と言いたい所ですが、レイとミナの手前、それは避けたいですね」
「それじゃあ、どうするんですか!?」
腰に両手を当て、苛立ちを隠さずにエリスは言いました。
「だから、ノイン様はお困りなのだよ。エリス」
「今の私の心境を一言で要約してみましょうか?」
「何ですか?」
「面倒を持ち込まれ、途方に暮れた思いです。そう言って良いのなら」
本気で言っているのだろうか、この人は。
ノインの表情を伺ったエリスは驚きます。
この人にしては珍しいことに、本気で悩んでいる表情をしているのでした。
●魔界
魔界に滞在する予定の日々の残りをフィンは、魔王に会わされたまろんの両親と過ごす
ことにしました。魔王が言う事には、まろんの両親も強くそう望んでいるとのことでした。
まろんから聞いた話とは異なっていて、二人の仲はとても良く、とても留守番電話で離
婚すると告げたようには見えません。
魔王から与えられた離宮で、まろんの両親と共に久々に心安らぐ時を過ごしたフィンは、
まろんの母のころんと父の匠からまろんの幼少時の話を聞かされました。
二人とも、まろんが今どのような生活を送っているのか知っているのだろうか。
フィンは二人に問いただそうとして、どうしてもそれが出来ませんでした。
ひょっとしたら二人は今のまろんのことは何も知らなくて、私と幸せに暮らしていると
信じているのかもしれないと考えたからです。
「フィンさん。荷物が王宮から届いたわよ」
ころんの声が離宮内に届きます。
魔王宮から届けられたそれは、細長い布で包まれた何かでした。
布の口を縛った紐を解き、その中身を確かめたフィン。
中に一振りの細身の剣が納められていることを確認し、フィンはそれを中に戻しました。
これを使う時が来なければ良い。そう思いながら。
「お茶にしませんか。クイーン」
「良いですね」
離宮のテラスで、わざわざ地球から運んで来たという紅茶を飲みながら、こんな風にま
ろんと、心安らぐ日を送ることが出来れば良いのにとフィンは心から思うのでした。
(第174話・完)
佐々木さんには事前(この話を書き始めた辺り)に予告していたのですが、最近の話は
事件が解決してからバトンを渡す傾向でしたが、今回は敢えて事件進行途中の切りの良い
所でバトンをお渡ししてみます。^^;;;;
では、また。
−−−−
携帯@ mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
Fnews-brouse 1.9(20180406) -- by Mizuno, MWE <mwe@ccsf.jp>
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