Re: Kamikaze Kaito Jeanne #40 (12/18)
携帯@です。
# 本スレッドは「神風怪盗ジャンヌ」のアニメ版第40話から
# 着想を得て書き連ねられている妄想スレッドです。
# そういう2次創作物が嫌いじゃ無い方のみ、以下をどうぞ。
この記事は、第174話(その18)です。
Message-ID: <newscache$j0vlqi$nc4$1@news01a.so-net.ne.jp>
にぶら下げる形となっています。
(その1)は、<newscache$7vxlqi$196$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その2)は、<newscache$vkqyqi$s7d$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その3)は、<newscache$itlbri$943$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その4)は、<newscache$g3gzri$c4h$1@news01e.so-net.ne.jp>から
(その5)は、<newscache$96vhsi$9h5$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その6)は、<newscache$zrwrsi$s4k$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その7)は、<newscache$p093ti$xrc$1@news01b.so-net.ne.jp>から
(その8)は、<newscache$i4bsti$q6h$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その9)は、<newscache$kmlkui$f61$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その10)は、<newscache$0gaavi$und$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その11)は、<newscache$2dwgwi$cth$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その12)は、<newscache$7dr5yi$6oe$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その13)は、<newscache$sl1yyi$vn1$1@news01d.so-net.ne.jp>から
(その14)は、<newscache$56uo0j$4qk$1@news01f.so-net.ne.jp>から
(その15)は、<newscache$wc9n1j$ao8$1@news01a.so-net.ne.jp>から
(その16)は、<newscache$ygt93j$3sl$1@news01b.so-net.ne.jp>から
(その17)は、<newscache$62sa4j$7ej$1@news01a.so-net.ne.jp>から
それぞれどうぞ。
^L
★神風・愛の劇場 第174話『盲目の愛故に』(その18)
●桃栗町の何処か
「たた、大変です!」
ノインの館にシンが転がり込んできたのは、夕食の支度をそろそろしようか、とエリス
が考えた頃合いでした。
「おやおや、そんなに慌ててどうかしましたか? シン」
シドが通された応接室にはノインの他に先客がいました。
今ではこの地の魔界軍に所属する誰もが認めるノインの右腕、ミカサ、そしてその副官
補に昇進したユキ、そしてこちらも今日付で龍族の若衆頭となったシドの3名。
出迎えたノインは、ソファの空いた席を勧めますが、シンは立ったままで話し始めます。
「実は、私の部下が大変な不始末をしでかしまして」
少々長いものとなったシンの報告を要約すると、シンの配下にある人間に直接取り憑い
て操る能力を持った実体の無い型の魔族が、威力偵察を許可するという命令を受けて早速
神の御子を襲撃、その際に命令に反して多くの人間を死の危険に巻き込んでしまったとい
うものでした。
「その話でしたら、もう聞いてますよ」
「…え?」
「僕も見ていたから」
「ああ、偶々通りかかった若者というのは」
「そう、僕」
「部下の不始末を上手く取り繕ってくれて申し訳ない」
シンは自分よりは大分格下のシドに対して、素直に頭を下げました。
元は人間、しかもこの地の生まれであるミカサはこの光景を見てシンに対して好感を抱
きました。その一方で、魔界に生きる者としてはあまり好ましくない態度だとも感じてい
ます。人間界での暮らしが長いシド自身は何も気にしていない風ではありましたが。
「早速、命令違反をした者には厳重な処罰を…」
「その必要はありません」
「…え!?」
「結果として、誰も死にませんでしたから。それに命令はある程度人間に危害を加える可
能性を想定しています。むしろ命令違反を恐れて、必要以上に慎重になって貰っては困り
ます」
「しかしそれでは…」
口を挟もうとするミカサ。しかしノインはそれを無視して言いました。
「そうそう。今日、噴水広場の近くで植木鉢を落とした者がいましたね。ああ、偶々見て
いた者が居て報告がありました」
「あ、はぁ…」
あまりにも微力な使い魔が独自の判断で実施した取るに足らない攻撃だったので、報告
することすら忘れていたシン。もちろん、報告書には記載するつもりでしたが、そんな攻
撃が何だろうと思います。
「あれ、良いですね。もっと徹底的に行うことは出来ませんか?」
「へ!?」
「当たり所が悪ければ、大怪我をする程度の威力。日常生活で起こりうる危険。そんな攻
撃をもっと多い頻度で行うことが出来ないかと聞いているのです。知っていますよ。貴方
が使い魔を使ったそういう攻撃を得意としていることを」
「は、はぁ…。しかし、行動を遅延させたり、気をそらす程度の役にしか立たないと思い
ますが」
「それで構わないのでお願いします」
「判りました」
では早速、と踵を返そうとしたシンをノインは呼び止め、お茶でも如何と誘います。
元来生真面目なシンではありますが、このような誘いを無下に断ることもありません。
最初に指し示されたソファの空いた席に腰を落ち着けます。
それと入れ替わるように、シドは陣に戻ると帰って行きました。
*
お茶とは紅茶のことかと思ったシン。ですが、運ばれて来たのは梅昆布茶でした。
塩気と酸味の混じり合ったような奇妙な味のお茶で口を潤したシン。
その味自体は不味くは感じませんでしたが、お茶と一緒に出されたのが先ほども出され
たケーキだというのはどうかと思います。
見れば、ミカサ達の前に置かれているケーキも、殆ど手がつけられていないところを見
ると、恐らく考えていることは皆同じなのでしょう。
「随分と沢山ケーキを作ったようですね」
「この家は大食らいが多いし、お客様も多いので沢山作ったのですが、やはり作りすぎで
すかね」
アハハ、と笑うエリスの横で、アンが「だから言ったのに…」という目で見ているのが
判りました。
「まさかとは思うが、未だ残っていたりするのか?」
何となく、そう訊ねてみたシン。すると、エリスは目を輝かせて言いました。
「良かったら、お持ち帰りになりませんか? 冷蔵庫が空かなくて、困っていたんです」
この家の冷蔵庫がかなり大きな物であることを知っていたシン。
あの連中が甘い物を好むかどうか判らないが、たまには土産を持って行くか…。
そう考え、シンが肯くとエリスは箱に詰めてきますと応接間を飛び出て行きました。
「一体何個ケーキを作ったんです?」
「さぁ…。昨日の夜に遅くまで作っていたようですが」
「材料費も相当なものでしょう」
「一応、彼女なりに我が家の家計には気を遣ってくれているようですが。そう言えば、シ
ンの部隊も補給に色々と苦労されていると聞いていますが、最近は」
「はい。一時は部隊の者が勝手に街に出たりもしましたが、今はミカサ殿の部隊が手伝っ
てくれるお陰で…。ああ、そうそう。そう言えば、あなたの部隊の療兵長から私の部隊の
輜重長に頼まれた物資があったそうで、即日届けるように決裁したのですが、一言、療兵
長に対して何時もお世話になっているので、お代はいりませんと伝えておいて頂けません
か? 申し添えるのを忘れていたので」
ミカサは、そんな話は聞いていないがなと首を捻ります。
「判りました。療兵長というと、大隊付の療兵長に?」
「あいや、確かレイ殿の中隊の療兵長とか聞いたが」
「レイの部隊? …判りました。ユキ、聞いたな」
「はい。確かに、伝えておきます」
「お願いします」
エリスからケーキの入った箱入りの紙袋を受け取ると、シンは何度も何度も頭を下げて、
応接間から出て行きました。
その後で、折角だから夕食もと誘われたミカサ。
もちろん、断ることはありません。
陣における糧食より遙かにまともな食事を食べることが出来るという直接的なメリット
の他にも、ノインの本心を窺い知る機会を逃すはずもありません。
ミカサの副官補として、ユキも一緒に誘われたのですが、一度陣に戻り、何か判断を要
することが無いか確認してから、再度戻ることになりました。
ユキが出て行ってしまった後で、ノインと二人きりとなったミカサ。
アンとエリス、そして全ことシルクは、夕食の支度のため三人ともキッチンにおり賑や
かな声が応接間にまで響いて来ます。
「漸く、二人きりになることが出来ましたね」
ミカサが言うと、ノインは後退るような姿勢を見せました。
「一つだけ申し上げると、私にはそういう趣味は無いのですが」
「ご安心を。私にもありません。それよりも、今日のノイン様のご指示についてです」
ノインの冗談を取り合わずにミカサは真面目な顔をして言いました。
「やはり、不満があるようですね」
「私がどうしてここにいるか、ノイン様はご存じな筈ですが」
「一部始終を見た私です。当然でしょう」
「ならば何故…」
「行動を禁止されていることに対する欲求不満について、見積もりが甘かった。だから、
方針を変更することにしました」
「先ほどのシンへの指示がそれですか」
ノインは肯きました。
「シンであれば、上手いこと皆に不満が出ないように調整して作戦を実施してくれる筈で
す」
「シン隊長が部隊を統率仕切れると?」
少々頼りない風のシンの姿を思い出します。あれで魔王様が直々に任命した存在だとい
うのだから、世の中判らないとミカサは思います。
「あれで意外と部下には慕われているようですよ」
「まぁ、それは認めますが」
慕われているというよりは、舐められているだけではないかとも思います。
「それより、私は堕天使達の方が心配です」
「レイとミナ…ですか?」
「はい。どちらかというと、レイですね」
「やはり、あの二人は天界から送り込まれた密偵か何かと?」
「その可能性もありますが、それよりも心配なことがあります」
「それは?」
「私達の思惑を超えて暴走する可能性です」
「つまり、必要以上に忠誠心を見せようと?」
「それもありますが…。天使達は生命が短い割に力が強いせいか、物事の解決方法として
一番手っ取り早いやり方を好む傾向がある。それは貴方も良く知っていると思うのです
が」
ミカサは返事をする代わりにすっかり冷めてしまった梅昆布茶を飲み干しました。
「ミカサ、調べて欲しいことがあるのですが」
「はい」
「レイの部隊の療兵長がシンの部隊から入手した物資についてです」
「既に、ユキに調べるように頼んであります」
「結構です。ならば、ユキの帰りをお茶でも飲みながら待ちますか」
「レイ達の行動を監視はしないのですか?」
「彼女達はエリスと同じで勘が鋭い。迂闊に監視をつけると、見破られてしまいそうです。
魔王様が時折、彼女達のことを見守っているようですが、特に裏切りの兆候は見られない
と手紙で報せても来ています」
「そうですか」
今一納得がいかなかったミカサ。
しかし、レイは自分の部下でも在ることも事実です。
自分の前でのレイは、あくまでも自分の義務に忠実な指揮官。
自分の目を信じなくてどうするのだ。
そう自分一人で納得すると、ミカサはお茶を入れるために立ち上がります。
そんなミカサをノインはにこやかに見つめているのでした。
●オルレアン
「ただいま〜」
夕暮れ時。
誰かが待っているという訳ではありませんが、まろんは大きな声を上げ、自分の部屋の
扉を開けました。リビングに入るとまろんは、窓の外に漂っている者に気づきます。
「(セルシア?)」
身体を小さくした状態でセルシアは、まろんに対して身振りで稚空の部屋に来るように
伝えて来て、まろんは小さく肯きます。
チェリーにリビングで待っているように言い、まろんは稚空の部屋に向かいます。チャ
イムを鳴らすまでも無く、部屋の扉は稚空自身によって開けられました。
リビングに入ると、直前までお茶の時間だったのか、ティーカップとケーキが載ってい
たと思われる皿が並べられていました。
その光景にどこか違和感を感じたまろん。ですがその訳はすぐには判りませんでした。
今、コーヒーを入れるからとキッチンに消えた稚空。
まろんは勝手にリビングのソファに腰を下ろします。
リビングには、セルシアとトキがいて、まろんの方に注目しました。
「アクセスは?」
「アクセスは、今は外で魔族に対する警戒を」
「でもさっきまでいたでしょ。ティーカップを見れば…あれ?」
まろんは違和感の正体に気づきました。
テーブルの上に並べられたティーカップの数は5つあったのです。
「誰かお客さん? セルシア達も一緒ってことは、ひょっとしてフィンが?」
もう帰って来たのかと思い、トキに問いただしたまろん。
しかし、トキは無言で首を振りました。
「金髪の女の子でミナって堕天使だった。アクセス達の同期だと」
キッチンの方から、マグカップとスプーン等を持って来た稚空が言いました。
「金髪…堕天使…?」
「一昨日、まろんさんを襲った堕天使の一人です」
「つまり、敵? 敵とお茶してたんだ…」
呆れつつ、人のことは言えないかとまろんは思います。
「彼女は私達にお別れを言いに来たようです」
「お別れ? どういうこと?」
ひょっとしたら、フィンは魔界の軍勢を連れて魔界に帰るのかもしれない。
そんな淡い期待は、続くトキの説明で粉々に打ち砕かれることになりました。
*
「なる程ね。もう、迷っている暇は無い訳だ」
マグカップに入れたコーヒーを啜りながらトキの状況説明を聞いていたまろん。
話が終わるとそう感想を述べました。
「はい。まろんさんにも、覚悟を決めて頂かないと」
「覚悟?」
「魔界軍と闘う覚悟です」
「でも…」
フィンはどうなるの?
その言葉をまろんはぐっと飲み込みました。
その思いは、この場にいる皆が共有していると感じられましたから。
「まろんさんの懸念は判ります。これは私の私案なのですが、このような作戦はどうかと
考えています」
トキはテーブルの上に、桃栗町一帯の地図を広げます。
地図には幾つかの書き込みがされていました。
「先ほど稚空さんには話したのですが、敵の指揮中枢部はこの辺りのようです。増援の到
着を待ち、ここを集中的に叩きます。敵が退却するなら無理に追撃はかけませんが、踏み
とどまるのなら殲滅することになります。私の予想では魔界軍は無理をせずに退却すると
思われます」
「それ、私も戦力の内に入っていたりするんだ」
「当然です。あまり言いたくは無いのですが、あなたが態度を決めない限り、戦いは止ま
ることは無いと思われます」
「え〜。私のせい?」
ぼやくまろんに冷たい視線を向けそうになったトキ。
しかし、戦士として育てられた訳でも無い只の少女に、覚悟を決めろと迫るのも無理な
話だとも判ってはいます。
「でもさ、私がアクセス達の側につくって決めたら、それこそ遠慮無くフィン達は私を倒
しに来るんじゃ無いかな?」
素朴な疑問を口にするまろん。
そしてトキはそれに対する回答を持ち合わせていませんでした。
「その懸念は最もです」
「どっちにもつかない…というのは駄目なのかな?」
「お気持ちは判るのですが…。それではあなたを巡って軍勢がこの街で激突する、という
ことには変わりません」
「あーあ。私が妙な力を持っていなければ、こんなことにはならなかったのに…」
再びぼやくまろん。
「力を失う方法なら、聞いたことはあります」
「え!? 何それ」
「乙女も、男と結ばれるようなことがあれば、神の愛も失われ、力の大半を失なうという
伝承があります」
「な……!!」
赤くなったまろん。思わず、横の稚空の顔を見てしまいます。
「そうなのか…」
稚空の方は、赤くなりつつも、何やら肯いているようにも見えます。
「何肯いてんのよエッチ!!」
「ぐぇ…」
稚空の頬に拳を叩き込んだまろん。
稚空は、白目をむいてその場に倒れます。
「本当ですです? トキ」
セルシアも顔を真っ赤にして問いただします。
「あくまでも伝承ですので、真実かどうかは確かめてみないと」
「もう、真面目な顔して変な話しないでよね!」
「まろんさんが、力が無ければと仰いましたので、ご参考までにと。ただ、今仮にまろん
さんが力を失ったとしても、戦が終わるとは思えません。正直なところ、何か他に良い手
があれば、私の方が教えて欲しい位です」
「そうね…」
まろんはため息をつくと、ソファの背もたれに全体重を預け天井を見上げます。
天井には小さな染みがありました。
それを見ている内、まろんは言わなければならないことを思い出しました。
「そうだ! 稚空達に言わなければいけないことがあった」
「何!?」
「あら稚空。随分と早い復活ね。もう少し本気出して殴れば良かった」
「おぃおぃ。それで何かあったのか?」
「実はね…」
今日の帰り道、人間に取り憑いた悪魔に襲われたことをまろんは話しました。
「人間の人格を直接乗っ取る型の悪魔のようですね…。厄介ですね」
「その後も町中でずっと悪魔が見張っているのを感じた。昨日までと違ってはっきりと」
「確かに、魔族の気配が高まっているのをここに来る途中も感じました。判りました。少
し、掃除をしてきます」
すっくと、トキは立ち上がりました。
「掃除って?」
「この建物の周囲に巣くう悪魔を何匹か、封印して来ます。それだけで、周りの悪魔は逃
げ出すでしょう」
そんなに簡単に行くかなぁ。まろんは思いましたが、口には出しませんでした。
感じた気配からして、トキが手こずるような悪魔とは思えなかったからです。
「セルシアも」
「はいですです。弥白ちゃんのお家に行くですです」
「頼みます」
トキとセルシアが出て行った後、二人きりとなった稚空とまろん。
「……コーヒー、お代わりどうだ?」
「ん…ああ、ありがとう」
マグカップを取ろうとした稚空とまろんの手が触れあいます。
「あ…」
お互いに手を引っ込め、やや逡巡した後に稚空がマグカップを手にします。
何ラブコメみたいなことしているんだ、俺は。と思いながら。
「あのさ、稚空」
「何だ?」
「もしも私がフィンの言うように魔界に行くとして、一緒に来て欲しいって言ったら、稚
空は来てくれるかな?」
「何!? 本気か?」
稚空は、枇杷高校の体育館の中で対峙したメイド服の少女──先ほど食べたケーキを作
った人物でもあります──に言われたことを思い出します。
*
「人間界というところは余程嘘つきばかりなのでしょうか。それほど他者を信用出来ない
世界なのに、それでも貴方達は執着するのですか」
「大きなお世話だっての。たとえどんな世界でも好きな奴が居る、それだけで充分だ」
「では、こちらの」
「まろん様とご一緒なら何処でもよろしいのですね?」
*
彼女に言われたことを一言一句、稚空は記憶していました。
「本気なのかよ!」
どうするんだよ。都は、ツグミは、それに両親は…。
頭の中では思いましたが、そこまで口にはしませんでした。
何となく、自分と彼女達をまろんに天秤にかけさせるような気がしたからです。
「やだな、稚空。そんなに真剣な顔、しないでよ」
アハハ、とまろんは笑顔を見せて言いました。
「でもね、最近考えることがあるの。私がここでこうしていることで、私の周りの人が傷
ついていくかもしれない。今日だって…」
一転、暗い表情を見せるまろん。
「だから、どうすればみんなが傷つかないで良いのかなと考えるの。だけど…」
*
「秤にかけたくなってくる」
「はかり?」
「そう。どっちが悲しむ人が少ないかとか…ね」
「だって、それは」
「これはそういう決め方をしては駄目な事の様な気がするの」
*
「自分で考えろって言われても、どうするのが一番良いのか、私には判らないよ。簡単な
気持ちで初めた怪盗稼業なのに、気がつくとどんどん話が大きくなっていって、巻き込ま
れる人の数も増えていって…。もう、どうしたら良いのか…」
自分が涙を浮かべていることにまろんは気づいていました。
しかし、それを取り繕おうとする気分にすらならなかったのです。
まろんは両肩に暖かい手を感じました。
目を開けると、目の前に稚空の顔がありました。
「あれはチェリーが以前来日した時だったか。俺は言ったよな。まろんがどんな結果を選
ぼうと、俺はいつでも側にいるからって。その気持ちは今でも変わらない」
まろんは、指で涙を拭います。そして稚空の胸に顔を埋めて言いました。
「稚空…。ありがと」
潤んだ目で見上げるまろんの顔を見ているだけで、稚空の我慢は限界に達しそうでした。
「まろん」
「待って。稚空、一つ聞いても良い?」
「教会に清掃奉仕に行った時のこと、覚えてる?」
「ああ。もちろんさ」
*
「駄目なんだ。まろんじゃなきゃ、まろんじゃなきゃ駄目なんだ!」
「…いいんだよね…。本当に、本当に信じていいんだよね」
*
「あの時の言葉、まだ信じていても良いんだよね」
「ああ。それに今はあの時と違って俺は隠し事はしていない」
本当は弥白との関係のことがあるのですが、この時の稚空は忘れ去っています。
「判った。私はあなたのことを信じます。稚空」
そう言うと、まろんは目を閉じました。
こ、これはひょっとしてOKのサインなのか?
一瞬稚空は躊躇してしまいます。
ごくり。
生唾を飲み込んだ稚空。
「まろん!」
「ん…」
初めての時は教会裏手の森の中。
いや、その前にシンドバットの姿でジャンヌとしたことがあったか。
とにかく、何度目かの口づけを稚空はまろんと交わします。
一度触れてしまうともう歯止めは利かず、これまで溜め込んでいた分、激しくまろんの
ことを稚空は求めたのです。
「嫌…」
「本当に嫌か?」
勢い余って、ソファにまろんを押し倒してしまった稚空。
ちらりと、先ほどのトキの話を思い出します。
「ううん。ちょっと怖いだけ」
同じ話を聞いていた筈のまろん。
しかし、彼女は何を考えているのか躊躇わずにそう言いました。
据え膳喰わぬは…との言葉が脳裏を過ぎります。
しかし、稚空の手がそこから先に進むことはありませんでした。
「!」
玄関のチャイムが連打され、稚空はまろんから離れました。
まろんはよろよろと起き上がり、乱れた髪、続いて服を直しました。
「どなたですか?」
都かな、と思いつつ稚空は覗き穴から外を見ると、立っているのはチェリーでした。
「あ、あの。まろんお姉ちゃんはここにいますか?」
「ああ、いるが…」
稚空はチェリーの手に電話の子機があることに気づきます。
電話の子機からは、保留音が流れていました。
「チェリーちゃん…。ひょっとして電話?」
「あ、はい」
まろんは電話の子機をチェリーから受け取ると、自分の部屋に戻り保留ボタンを押しま
した。
「もしもし?」
「…………日下部さん?」
一瞬の沈黙の後で、聞き慣れた声が受話器の向こうから響きました。
「ツグミさん? ツグミさんなのね!?」
「すぐに、すぐに来て欲しいの。お願い…」
それだけ言うと、電話は切れてしまいました。
「もしもし、もしもし!」
慌てて、短縮ダイヤルでツグミの家に電話をかけるまろん。
呼び出し音が十回…二十回…。
それだけ鳴らしても、ツグミが出る気配はありません。
一旦切って、かけ直しても結果は同じでした。
「(すぐに行かなくちゃ!)」
決心したまろん。
しかしすぐに、目の前に立っているチェリーのことを考えます。
「(稚空の家…稚空がこの子に何かするとは思えないけど、チェリーちゃんは稚空のこと
良く知らないし、まずいわよね…)」
悩む暇はありません。
まろんは、バッグに着替えを詰め込むとチェリーの手を引いてマンションの吹き抜
けの向かい側、都の家のチャイムを鳴らしました。
「あらまろん。丁度良い所に来たわ。上がってきなよ。今日も母さんが夕ご飯を…」
出て来た都に皆まで言わせずまろんは叫びます。
「お願いがあるの都!」
「な、何よ。そんな思い詰めた顔をして」
まろんの切羽詰まった表情を都も察した様子でした。
「チェリーちゃんをちょっと預かって欲しいの」
「良いけど…、どうしたの?」
「ツグミさんから電話があったの。すぐに来て欲しいって。でも、それからツグミさんに
幾ら電話をかけてもつながらなくて……」
ツグミの名前が出た時、一瞬むっとした表情を浮かべた都。
しかし、まろんの顔を見て、表情を元に戻します。
「ツグミさん家に泊まってくつもり?」
「判らない。向こうの様子が判らないから…」
素直に答えたまろん。
都は、やれやれという気持ちを表情と態度で現して言いました。
「判った。チェリーちゃんは明日の朝まで預かってあげるから、朝帰りでも何でもご自由
にどうぞ。でも明日は学校だし朝練もあるんだから、それを忘れないこと」
「はぁい」
都に手を引かれ、チェリーは東大寺家の玄関へと入って行きました。
事情を察したのでしょうか。
チェリーはその時、確かに「気をつけて下さい」と言ったのです。
何に気をつけてと言ったのかまではまろんには判りませんでしたが。
そしてまろんは気づきませんでした。
まろんが背を向けた途端、都がとても心配そうな、悲しそうな表情を見せたことに。
*
チェリーを東大寺家に預けたまろんは、次に稚空の家に向かいます。
最初からドアを開けたままで稚空は待っていました。
「何かの罠じゃないか!?」
まろんから事情を聞いた稚空は、開口一番そう言いました。
「そうかもしれない。だけど、ツグミさんが危険に晒されているかもしれないのに、放っ
ておけないよ!」
「なら俺も行く」
「駄目。稚空はここにいて、都達を守って」
「しかしだな…」
渋る稚空の口をまろんは自分の口で黙らせます。
「必ず、帰って来るから。だから稚空はここを守っていて。お願い」
稚空から離れた後で、まろんは言いました。
「……判った。後で、アクセスかトキを向かわせる」
「お願い」
不承不承、稚空が肯くと、まろんはエレベーターに向かって駆けて行くのでした。
エレベーターの扉が閉まり、まろんの姿が見えなくなるまで、稚空はその姿を追い続け
ていました。
*
部屋の中に戻った稚空はまずは頭を冷やそうと洗面所に入ります。
顔を洗おうとして、自分の唇に触れます。
「何考えてんだ、俺は…」
そう心の中で呟くと、ばしゃばしゃと、冷水で自分の顔を洗った稚空。
ふと、洗面台の端を見ると、鳥の羽のような物が視界に入りました。
「これは…天使の羽根じゃないか」
鳥の物にしては大きい、白い羽根を手に稚空は呟きます。
だが確か、天使の羽根は抜け落ちたらすぐ消えてしまう筈…。
「自らの意志で抜いた羽根ということなのか? まさか、あのミナって娘の…?」
稚空は立ちつくし、残された羽根の意味を考えていました。
(第174話・つづく)
この後で投稿する次の話で第174話は終わりです。
では、また。
−−−−
携帯@ mailto:keitai@fa2.so-net.ne.jp
Fnews-brouse 1.9(20180406) -- by Mizuno, MWE <mwe@ccsf.jp>
GnuPG Key ID = ECC8A735
GnuPG Key fingerprint = 9BE6 B9E9 55A5 A499 CD51 946E 9BDC 7870 ECC8 A735