こん○○わ、PARALLAXです。では早速。
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  │ 【 軽 音 部 、 西 へ  - HTT live @ 7th district - 】 │
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### D-day Zero-Hour ### @ 学舎の園 @ PROGRESS 00:40:32 STAGE:舞台管制室

「"Listen!"終了! どうですか!?」
「駄目だ! ぎりぎりパワーが足らん!」

 一方、眼下に輝くメインステージを見下ろす舞台管制室モニタールームにも声が響く。
しかしこちらの声は悲鳴というべき調子だった。

「先の"GoGo!MANIAC"で十分に束ねられているんじゃないのか!?」
「その筈だ! しかし、矢張り決定的に数が足らなさ過ぎる!」
「そんなぁ!」

 必死で愛用のラップトップを操作しているのは、花飾りの少女。その周りを数名の黒
スーツな男たちが囲み、全員が必死にモニタールームのコンソールを操作している。
誰の表情も極めて厳しい。最初の終了報告&問いかけと最後の悲鳴は、花飾りの少女。

「これでも、これでも足りないなんて、今まで、今まで私たちがやってきた事は…」

 項垂れる花飾りの少女を見て、下唇を噛む黒スーツの男たち。輝くステージを囲む観客
からは変わらず嵐のような歓声が巻き起こっていたし、それは目前のモニターにも確かな
インジケータとしてグラフィックされていたが、如何せんそれはスクリーンに太く赤地で
引かれた領域線にギリギリ届いていなかった。

「どうなの!?」
「ごめんなさい! あと少し、あと少しなんです! 何とか持たせて下さい!」

 だだっとモニタールームに駆け込んできた、花飾りの少女と幾らも年は離れていなさ
そうな、こちらも学生らしい少女が叫ぶ。赤いセルフレームの眼鏡ごしにも厳しい目つき
なのが判る。少女の返答を聞き、自分のインカムに指示を飛ばす。それが聞こえたらしい
ステージの上から、これも同じ年頃らしい少女たちのMCが聞こえ始める。わぁっわぁっ
と観客がそれに応える。

「でも、まだ、まだ何か、手はある筈です。何か、なにか…」

 項垂れながらもそう呟き続け、愛用のラップトップを離さない彼女を見、黒スーツの男
達ことMAR局員達は、彼女と初めて会った時と同様の、いやそれより深いかもしれない
無力感に苛まれていた。再び目標であるステージと観客と周辺街区つまりオープンビュー
での観客に対する測定作業に戻る。

「講堂内への観客誘導は順調です。パニック、渋滞、トラブルともに無し」
「講堂外オープンビューの群衆にも目立ったトラブルは有りません」
「学区外からの観客誘導にも問題なし。極めて順調です。信じられない…」
「何が、ですか?」

 唐突に脇から声を掛けられて驚き振り向くと、そこには自分たちを此処へ連れてきた
オブザーバーとも先生とも呼ばれた彼女がいた。彼女に答え、彼女から答えられる。

「驚く程に訓練された観客です。しかも彼らにはリーダーがいない。指揮者も無しに、
 彼らは驚くほどの自制心と協調心で集団に従い統制している。一体、何者ですか?」
「皆、ひとつの目的を共有しているからですよ。此処を目指す者、此処に集う者、皆が
 連携し、ひとつの目的に向かって動いている。それだけです」
「指揮中枢も無いのに、ですか? 学園都市以外に、こんなに訓練された能力者集団が」
「彼らには簡単な事です。それに彼らは能力者でも何でもありませんよ。全員が全員とも
 レベル0です。ほら、その測定結果通りに」

 そう言いながら先生は小さな手でコンソールを示した。事実、講堂の入管ゲートに仕掛
けられている防犯用の簡易レベル測定器は、そこを潜る観客の誰も彼もが微塵も能力を
持たないレベル0である事を示し続けていた。局員が先生に問いかける。先生が答える。

「学園都市内でも、いやどれだけ訓練された集団でも、指揮中枢も無しには難しいのに」
「だから彼らには簡単な事なんですよ。それに気付きませんか?」
「いや、しかし、」
「彼らは本当に、何の能力者でも有りません。ただの『ファン』です」
「ファン?」

 こくり、と頷いて先生が教えを続ける。

「そうです。だからこそ、彼らの心は、こうして束ねられているんです。ほら」

 そう言いながら、今度は別のコンソールを示す。そこには確かに、有り得ないほどの
規模で膨らみながらも、極めて精緻に統御されているAIM拡散力場の様子があった。

「信じられない…何故、何故レベル0の集団が、AIM拡散力場を作れる?…」

 呆然とそう呟く局員を、にこりと笑って先生が見やる。

 一方、その傍らでは花飾りの少女が他の局員たちと協議を重ねていた。

「本当にすまなかった。全て我々が引き起こした事だ。重ねて謝る」
「そんな事、もうどうでもいいです。今は猫の手も借りたい時なんですから」
「我々は猫並みか?」
「中学生に負けっぱなしじゃ、猫以下だったな」
「いえ、そんなことないです。それよりも、あとどのくらい足りないんですか?」
「あと、あとほんのひと押しなんだが、このままじゃダメだ」
「どういうことですか?」
「今も放課後ティータイムの御陰でAIM拡散力場の統御は続いている。押し寄せる観客
 の数も増えている。力量の測定値は向こうと互角、いや寧ろ勝っているんだ」

 そう言いながら局員は自分のコンソールを示す。片側には、さきほど先生が示していた
こちら大講堂の大観衆が放ち続けているAIM拡散力場が、もう片方には自分たちがいた
MAR施設が変わらず放ち続けているAIM拡散力場の様子が映っている。見るからに
拮抗した様子でせめぎ合う二つのグラフィックが、激しい戦いを続けている。

「原発1基全力全開分の向こうに、こっちが押し負けた時が、こちらの負け。つまり、」

 ぼうん、と局員が開いた両手を上げる。巫山戯た動作だが、表情は真剣だ。

「MARのシステムは止められないのか? 逃げ出した俺たちが言える事じゃ無いが」
「無理だ。何重ものフェイルセーフが掛かっている上に、例のアクセスキーが」
「あれは副長が握る事で、すなわち副長の生体情報キーも含め、ロックされる。
 俺たちが捻っても、衛星からのシャットダウンの時と同じで、止まらないよ」
「それじゃ、どうしても此処で頑張るしかないんですね。話を戻しましょう」
「だからこっちのAIM拡散力場でも充分に力はある。しかし純粋に力と力のぶつけ合い
 になると、どうしても押し負けてしまう。確かにこっちも万単位のAIM拡散力場の
 集合体なんだが、それでも僅かにノイズ、つまり生体情報であるが故の揺らぎがある」
「それがクッションの隙間の様になって、向こうが押す力で凹む、そう言う事か」
「ならばクッションの隙間を無くせば良い、が、どうやって?」
「イメージは簡単なんだ。もっと、全員の意思を、一つにまとめて研ぎ澄ます。これだ」
「馬鹿な。レベル0のAIM拡散力場を同調させるのか? そんな事、どうやって…」

 そこで黙り込む彼らと花飾りの少女。と、そこに眼鏡の少女が言う。

「あの、それって、そんなに悩む事なんですか?」

 愕然と顔をあげる局員達を見、少女が事も無げに首から下げたインカムへ言う。インカ
ムのスピーカーがステージからの汗ばんだ声を届ける。ステージの上でも部長、な声。

「よく聞いて! なんだか、もーちょっとお客さん達と一緒に盛り上がんなきゃいけない
 みたい! なんか無い!?」
“なんかってなんだよ! こっちはもー殆ど歌っちゃったぞ!”
「なんでもいいの! 放課後ティータイムの曲でなくてもいいから! なんか、誰もが
知っていて、直ぐに一緒に歌えるような奴! 誰でもサビを知っているような!」

 むぅ、とインカムの向こう側が黙り込む。わぁっわぁっと同調していた観客の声が僅か
にバラツキ始める。正直なものでこちらのコンソールに浮かぶAIM拡散力場のモニター
が不穏に揺らぎ始める。

 駄目か!? と局員の一人が目を瞑った、その時。


  ♪いま私の願いごとが
  ♪かなうならば翼がほしい


 観客の大歓声の向こう側から、輝くステージの奥から、ドラムセットの向こうから、
澄んだ歌声が聞こえてきた。アカペラでありながら、確かに聞こえてくる。

「これは!」

 驚愕する局員。直ぐに他の澄んだ歌声がこれに同調しステージから聞こえてくる。

  ♪この背中に鳥のように
  ♪白い翼つけてください

 眼鏡の少女がインカムで指示を飛ばす。アカペラで始まった歌声に、静かにリズムが、
コードが乗る。7人の歌声が一体となり何時の間にか静まった大観衆の上へ奏でられる。
花飾りの少女が眼鏡の少女に尋ねる。局員達がコンソールに飛びつく。

「"翼をください"、ですか?」
「最初に作ったアルバムの中に入っているの。でもまさか田井中さんから、とはねぇ」
「力場の様子は!?」
「信じられない…拡大しているのは今まで通りだが…同調しているぞ!」

 愕然としてコンソールを囲む局員達。彼らが見ているその前で、AIM拡散力場のグラ
フィックは確かにその姿を整えていった。大きく、力強く、その翼が広がって行く。

  ♪この大空に翼をひろげ
  ♪飛んで行きたいよ

 サビに差し掛かると、歌声に観衆からの声が乗った。大講堂を埋め尽くす人々がステー
ジと一体になって、歌う。ステージがそれを受け、メロディを奏でる。大観衆がそれに
応え、歌声を返す。大講堂の中だけでなく、講堂外の観客にも、歌声が大きく広がる。

  ♪悲しみのない自由な空へ
  ♪翼はためかせ
  ♪行きたい

 ステージから、観客席から、講堂外から上がる歌声は、一体となり街区に響き満たす。
呆然とその様子を見、MARのAIM拡散力場が相変わらず鋭くこちらを責めやる力に、
ほぼ完全に同調したこちらのAIM拡散力場が苦も無く抗し押し返し弾く様子を
コンソールの表示で見て、局員達は愕然とした表情を抑えられなかった。

「信じられない…なにが、なにが起こった…」
「凄まじい能力値だ。レベル6測定用に用意したインジケータが振り切られるぞ…」
「しかも、これを作っている者たち全員がレベル0だ。勿論、ステージの上も含めて」
「AIM拡散力場の同調を、歌だけで、しかもレベル0の者たちがやっている、そんな」


  ♪いま富とか名誉ならば
  ♪いらないけど翼がほしい


 眼鏡の少女が、それに事も無げに問いかける。

「あの、これって、そんなに珍しい事なんですか?」

 愕然とした表情のままに少女へ振り返る局員達。それへ彼女が答える。

「何時もこんな調子ですよ? 放課後ティータイムのコンサートって。でも私たちは
AIM拡散力場の同調、なんて難しい言葉は使っていなくって、単に、空気を読むとか
ノリを合わせるとかグルーヴ感が一体、って言ってますけど。律や唯の得意技ですね」


  ♪子どものとき夢みたこと
  ♪今も同じ夢に見ている


 きゃらきゃらとした笑い声がモニタールームに響いた。コンソールに浮かぶ二つのグラ
フィックは、今や完全にこちらのものが相手のものに競り勝っている。いや、相手のもの
すら同調させ押さえ込む勢いで拡大し続けている。もう、何の心配も要らない。

「確かに珍しい事じゃありませんね。それも学園都市以外の地域なら、では」

 呆然と見やる学園都市の人々に対し、かつてオブザーバーと呼ばれた先生は続けた。

「これも同じ。これもファンの人達の行動と同じです」
「どういうことですか?」

 花飾りの少女が呈する疑問へ、優しく先生が答える。
 
「ファン達はステージの上の彼女たちを想い、各個が抱くその想いを通じて一体となり、
 ステージの上を支え、歓声を上げます。そしてステージの上の彼女らもファンを想い、
 彼女らの共通の想いを通じてこちらも一体になり、想いを載せて歌い奏でます。想いが
 リズムを作りコードを載せメロディを奏で、ひとつの歌を成します。放課後ティータイ
 ム5名、いえステージの上にいないものも含めて、みんなの放課後ティータイム。その
 想いを、一体となった放課後ティータイムが歌う想いをファンが受け、そんな歌声に
 乗った想いへファンたちは応え自分たちのあらん限りの情熱を一体化させて返す。
 想いが想いを呼び、想いが想いを乗せ、一体となって膨らんでゆくのです。
 今の、このステージの様に。いえ今の、ここ学園都市の様に」

  ♪この大空に翼をひろげ
  ♪飛んで行きたいよ

「まるで、識閾下での精神同調によるAIM拡散力場のシンクロアンプリファイア…」
「そんな、形而上学的モデルレベルで研究されている様な高能力の具現体を、レベル0の
 者たちが、しかもいとも簡単に日常的にやっているだと!?」

 ぺち ぺち

 再び先生に額を叩かれ、局員がはっとして先生を見る。にこ、と笑って教える。

「そんなに難しい話じゃありませんてば。もー、君たちも考えすぎ屋さんですねぇ」

  ♪悲しみのない自由な空へ
  ♪翼はためかせ

 笑いながらも、しっかりと局員たちの目を見て、先生が教えを続ける。

「人間なら、いえ人間じゃなくっても、生命(いのち)を持つものならどんなものだって
 やってる事です。どんなものだって持っている能力(ちから)です。想いを作り、与え、
 相手の想いを受け、返す。他者の存在を我が事のように感じ考え理解し、またその相手
 も同じ様に感じ考え理解し、その想いを同調させてゆく。2者間だけでなく、3者間、
 いえもっともっと多くの生命(いのち)あるものたちの間で。基礎的で原始的ですが、
 それ故に極めて高度な、生命(いのち)あるが故の精神活動、心の働き、ですよ」

 さっぱり判らない、と言った表情でこちらを見る局員達へ再び微笑むと、先生は輝く
ステージとそれを囲む観衆たちをモニタールームの分厚いプレキシグラス越しに見なが
ら、呟いた。


「おねがい、放課後ティータイム。


 どうか、学園都市に教えてあげて。


 学園都市に、思い出させてあげて。


 学園都市が忘れ去ってしまった、あの言葉を。


 あなたたちが、よく知っている、あの言葉を…」


 繰り返し、繰り返し、フレーズが奏でられる。それにあわせステージも観客席も講堂外
もバックステージも一体となった歌声が響く。大きく大きく広がる歌声が学園の講堂に、
常盤台中学全体に、学園を含む学舎の園に、学舎の園を内包する第7学区に、学園都市に。
ひとつになった歌声の翼が、大きく大きく広がってゆく。


  ♪この大空に翼をひろげ
  ♪飛んで行きたいよ
  ♪悲しみのない自由な空へ
  ♪翼はためかせ
  ♪行きたい 


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今回は、一先ず此処迄。 では。
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