末娘のムヱがダイニングのテーブルになにやら山いっぱいの
書類を広げて丹念にひとつひとつを読んでいる
そこに唐突に次女のマッキーが入ってきて横から覗き込む
「ムヱタン、なにしてる」
「にゃーっ」
飛び上がって書類の束もろとも椅子から転げ落ちるムヱ
でもすぐに元に戻り、もとの椅子に座りなおす。
「なんだおねーちゃんですか、驚かさないでくださいよ
 いまムヱは慣れないことをして知覚過敏になっているですよ」
「それをいうなら神経過敏だろ
 そーそー、ムヱタンはマンションを買ったんだってね」
「そうなんですよ、それでなんだか落ち着かないですよ」
「ムヱタンはついこないだまで
 小学生だったような気がするのにねー」
「もう17歳ですからねー(←オイオイ)」
感慨深そうに天井を見上げるムヱに、次女は手元のハンドポーチ
からノシ袋と取り出してムヱの目の前に差し出す
「これはおねーちゃんからのホンノ心ばかりのものだけど
 マンション購入資金の足しにしておくれ」
「お、おねーちゃん……」
ノシ袋を手にして姉の思わぬ行為に感動するムヱ、頭の中でバイオ
リンがきゅるきゅるとドラマのクライマックスを奏でると、鼻水と
涙でぐちゃぐちゃになりながらムヱは次女を見つめた
「あのムヱ、期待してるところ悪いけど
 ホントに少ないよ」
「え……」
ムヱが我に返ってノシ袋を逆さにすると、申し訳無さそうに千円札
が2枚落ちてきた
「いや、ほら、本当はもっと入っていたんだけどね
 ここに来るまでの間にタマタマ、ゼミの学生に会っちゃって
 なんかいま不況で学費も大変な学生が多いところ、ゼミのコンパ
 なかなか大変って相談なんかされてね
 そっか、そっか、とちょっと出してあげることにしたわけよ
 その後ぶらぶら歩いていると、大学のころの友達と会っちゃって
 そいつ母校の理学部事務に就職したんだけど、大学の運営大変で
 寄付集めるのに走り回ってるとか言うわけなのよ、かわいそうじゃ
 ない、私も随分世話になった大学なんだし潰れちゃったらイヤな
 訳なのよ、それでそっか、そっか、と出してあげたわけ
 そしたら今度はいつも飲みに行っている飲み屋のおばさんと目が
 合っちゃって、なんかおばさんは私が道の真中で立ち話している
 のを見つけて見ていたらしくて、お金渡しているところ見られた
 らしい訳なのよ、そしたらこんどは『まあ、先生、丁度よいとこ
 ろに行き会いましたわ、ツケを払ってくださいませんか』とか言
 う訳なのよ、『くださいませんか』は京都弁のイントネーション
 なので大阪弁の『払わんなどと四の五のぬかすと大阪南港は冷た
 いぜぇ』くらいの凄みがあるわけ、まあいま不況で飲食業も大変
 みたいで必死な訳なのよ、それでそっか、そっか、と出ちゃった
 そんなこんなで東海道五十三次を渡り歩いて実家に戻ってくると
 ノシ袋の中身はごらんの通りになっていたというわけ……」

もう途中から言い訳を聞くのを飽きてさっきから読んでいた書類の
続きに目を落としていたムヱは次女の台詞が終わると
「そう、おねーちゃんありがとう(ツーン)」
ってな感じで、それでも2千円は仕舞いこんで書類の整理を始める
「あの…ムヱタン?」
所在無くうろうろする次女をシカトしていると、そこに今度は長女
が帰って来る
「ただいまー」

たちまちムヱは長女に妹が大変な思いをしてマンションを買おうと
いうのに二千円しかくれない酷い姉のことを告げ口する
「うっ、そうかぁー、そうか二千円はひどいな」
なんだか手元でごそごそしながら半分上の空で妹の訴えに頷く長女
それから申し訳なさそうにノシ袋をムヱに差し出した、ムヱがノシ
袋を逆さにしてみると千円札が二枚と五百円ダマがころころと転が
り落ちた
「いや、ほら、本当はもっと入っていたんだけどね
 あーいや山形から帰ってくるとき、ぽんぽこ山を突き抜ける高速
 道路を走っていたわけさ、夜だったので早く帰ろうとスピードを
 出していたんだけど、突然自動車の前になにかが飛び出てきてな
 びっくりして避けたけどかすった感じがして、自動車を停めて見
 ると、なんとタヌキが道端にうずくまっているではないか、しか
 も近くの草むらに3匹の子ダヌキも隠れて、こちらを心配そうに
 伺っているではないか、そこでな『これこれタヌキ、どうしてこ
 んな危ない道路に飛び出した、なにか訳があるなら話せ』と尋ね
 てみたのだよ、するとタヌキの言うことには、リーマンショック
 以来仕事にもあぶれ子供を養うにも頼る先もなく困り果て、ここ
 はアタリ屋で示談金なりにでもありつこうと、この身を省みずに
 自動車の前に飛び出しましたと言うではないか、自分の身を危険
 に晒してでも子供のことを思うとは畜生ながらアッパレ至極なり
 ここにこれだけの金子があるので、これでなんとか子供を養いな
 さい、そもそもタヌキ相手の示談金や、保険金の話など聞いたこ
 とがない、そんな無駄に痛い思いをすることなど考えずに、苦し
 くとも我慢して生きていかなきゃいけないよ、と諄諄に説いてや
 るとタヌキも得心したようで子ダヌキたちのところに戻っていっ
 たのじゃ、それから私はまた自動車に乗り帰って来たわけだけど
 タヌキの親子たちが見送っている姿がバックミラーにずっと写っ
 ていたのが忘れられないのだよ」
おそるおそる長女がムヱを見ると、ムヱは目に涙をいっぱい溜めて
鼻水でぐちゃぐちゃになりながら話を聞いている
「そ、それで(ぐしゅぐしゅ)
 この二千五百円はなんですか」
「うむ、本当は全部上げた積りだったのだが
 全て頂くのはあまりにも勿体無い、せめてコレぐらいは、という
 具合にタヌキと私の間で押し問答の結果残った金額なのじゃ
 義理堅いタヌキだったのだろうなあ
 つまり、タヌキの気持ちみたいなものだ」
ムヱは長女から貰ったノシ袋に二千五百円を入れ直すと、それを捧
げ持ち、長女に向う
「おねーちゃん
 おねーちゃんは今日いいことをしました」
「そ、そうか」
「そうです、このお金はタヌキさんの暖かい気持ちなのです
 これは使えません
 みずのけの神棚に飾って家宝にするです」
「まあ、
 そうしたければ、いいんじゃない?
 おっと、私は用事を思い出したので、また出かけてくる」
そう言うと長女はそそくさと回れ右して玄関からどこかへ出かけて
いったのでした。
ずっと傍で呆れてこの様子を聞いていた次女はこんな妹がマンショ
ンなんか買って大丈夫なんだろうかと思うのでした。

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のりたま@どうも「みずのけ」の設定が思い出せない