※bicicletta

秋も近い遅い夏の日、それでも日中は青空に抜けるような快晴の下
あづまぢの道の果てより尚奥の先、山形と秋田の境近くの主寝坂峠
の元国道にランドナ(注、自転車ただし空を飛ばないものだけを指す)
を道端に立てかけて、地図をぐるぐる回して首を傾げては勝手に独り言
してはうんうん頷いている少女17歳です(←ヲイヲイ)が見える
土地の気候か、遠くに見える山影も霞みがかかり水彩画の書割のよう

「うーん
 古道の峠道は旧国道のそばにあるはずだから
 こっちのほうだよね」
「あのムヱ
 また林道か獣道みたいなところを藪こぎするのは勘弁ね」

ムヱと呼ばれた少女17歳です(←ヲイヲイ)はランドナ(注、自転車
ただし空を飛ばないものだけを指す)に向うとちっちっちと指を降り
さも残念そうに呟く

「まったくホクナンはロマンがないな
 こうやって昔の街道跡を辿るだけでも歴史を実感できるのに
 ただ通り過ぎるだけじゃ人間の深みができないぞ」

それを聞いたホクナンと呼ばれたランドナ(注、自転車ただし空を飛ば
ないものだけを指す)も申し訳なさそうに返事をする

「いえ、ぼく人間じゃなくて
 ランドナ(注、自転車ただし空を飛ばないものだけを指す)
 ……
 そういえば『主寝坂夢絵の秘密』ってなんすか?」
「うーん
 ところでホクナン
 人間知らなくても良いことは
 知らないほうが幸せって知ってる?」
「だから、ランドナ(注、自転車ただし空を飛ばないものだけを指す)
 なんですけど……
 人間じゃないからいいかなとか」

困ったように考え込むムヱ、それからおもむろに目を瞑り頭の奥か
ら搾り出すように語りだす

「その昔、秋田の矢島藩が戦乱に巻き込まれた時のことじゃ……」
「あの、『主寝坂の秘密』じゃなくて
 『夢絵の秘密』の方なんですけど
 ってムヱ、何時から名字変わっちゃってんだよ」
「ああ、これは名高い峠を征服すると
 その峠の名前を名乗ることができるという
 秋田地方に古くから伝わるローカルルールで
 今回は『主寝坂夢絵』な・わ・け、
 道場破りが道場の看板持っていっちゃうのと原理はおなじ
 わかったかな」
「じゃあさっ、話は変わるけど
 ムヱこの前
 誕生日だったよね
 去年は”水野夢絵17歳です(←ヲイヲイ)”だったから
 こんどは18...」

すっくとランドナ(注、自転車ただし空を飛ばないものだけを指す)を
頭上に持ち上げると、田んぼに向って投げようとするムヱ

「ホクナン短い間だったけど
 あんたのことは忘れないわっ」
「わーっわーっ
 ぼくは忘れました
 何言っていたかすっかり忘れました
 夢でした寝言でした
 寝てたんですよ
 やだなー、寝言なんだから
 だから
 ごめんなさーい」

5分後田んぼのあぜ道に、今しがた泥を洗い落としたかのようなずぶ
濡れのランドナ(注、自転車ただし空を飛ばないものだけを指す)を
乾かして座り込んでいる少女17歳です(←ヲイヲイ)の後姿があった

「ほーそんな言い伝えがあったんですねーっ
 いやいや興味深いお話でした」
「こら、ホクナン
 私はなにも話しちゃいないだろ」
「うんうん東根市の与次郎狐の話よりドラマちっくすよねーっ」
「おまえはテレビのレポーターか」
「そんじゃ主寝坂のムエ
 先を急ごうでありんすにゃ」

ウヤムヤのうちにたちまち仲直りした少女17歳です(←ヲイヲイ)と
ランドナ(注、自転車ただし空を飛ばないものだけを指す)は雄勝峠に
向かい主寝坂道路の開通により交通量がめっきり減った、というか全然
なくなった主寝坂トンネルの中に飛び込んでいくのでした


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のりたま@文体忘れた