私には女がいる。女はいつも決まった場所で、いつ訪れるとも知れぬ私
を待っている。この500年間はずっと、その繰り返しだ。

 女は500年前に死ぬと、その場所に魂魄が留まってしまい、そこから
何処へも行かなくなった。一方、私は生まれかわるたびに、無意識に女を
求めて彷徨い、女の留まっている山桜の下へと着てしまう。
 もともとは「待っている」と言った女の元に帰らなかった私が悪いのだ
から、これは呪いの一種なのかもしれなかった。しかし、それで私は納得
することができようが、この私の呪いを実行するためだけに山桜に魂を縛
られている女は救われない。女は帰ってこない私を恨んで死んだ訳でもな
いし、呪いをかけたわけでもなかったからだ。

「どうして私は死ぬたびに生まれかわって
おまえのように山桜とか石とかに魂を縛られることがないのだろう」
 私は時々、山桜の下で女を抱きながら嘆息する。女はなにも言わずに、
月の光のような儚く白い腕を私に絡ませながら、いつも私を満足そうに見
つめ、それから顔を私の胸に沈める。
 女は山桜の周り半径5メートルでは昼間でも実体化する。「あさましい
幽霊でしょ」と女は笑う。花が散ろうが、葉が落ちようが女の容色は衰え
ることなく、私だけが年を取り、やがて死ぬ。
 何度も他の女と結婚したし、子供も設けたことがある。しかし、私の転
生は、そういった血縁に関係がないところで、場所も人種も様々だ。もち
ろん前世のことなど全く覚えていない。ただ、生まれかわってある年齢に
達すると、矢も盾もたまらなくなり、全てを捨てて女の待っている山桜の
下に来てしまう。そしてそれを迎える女は私を腕に抱くと、霧のように私
を包み込み、私の失われた記憶を語って聞かせる。
 女の名前は思い出せない、山桜の下にいるからサクラと呼んでいたよう
な気もするが、たまたま山桜の下で死んだだけで、もっと別の名前だった
ような気もしないではない。もっとも私も生まれかわる度に名前が変わる
ので、女のほうでも昔の私の名前など、もうどれだったかわからなくなっ
てしまったようだ。
 女の話では、私は昔、この呪いに腹を立て、女を縛り付けているものは
山桜に違いないといい、山桜を引き抜いて燃やしてしまったことがあった
らしい。しかし、山桜は再びその場所に芽を吹いて根付き、再び私が生ま
れかわって戻ってくることには以前と変わらずに朧月夜に花を咲かせ、女
も変わることなく待っていたということである。

「いったいいつまでこれは繰り返されるのだろう」
 私は女の膝枕に月を見上げて呟くと、女は
「いつまでだっていいじゃないですか」とこともなげにいう。
「でも私はおまえが不憫でしかたがない」
「私は構わないわ、ここで待っていれさえすれば、
あなたは必ず私の元に戻ってくる」
「そうかあ、考えてみれば大変なのは私だけか」
「そうそう、でもあなたはオトコですから仕方が無いわ」
「仕方がないか…」

 月の光に照らされて、女と二人山桜の樹の下でそんな押し問答を繰り返
し、月日は過ぎて500年くらい経ってしまった。


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のりたま@棒でつつくな