北京オリンピックの開会式を見た。
 北京での開催決定後、8年間の間に一生懸命考えた結果であることはよく分かった。 

 が、紙、絹織物の発明、あるいはシルクロ−ド交易など、中国がいかに、文明上、優れた発明をしたか、人類に貢献することをやってきたか、を延々と、しつこく宣伝する政治宣伝の色彩が強烈すぎて、不愉快な感じを否めなかった。
 オリンピックはポ−ツの祭典であって国家や政治宣伝の場ではないはず、サラマンチ元会長以来、五輪が商業化し、ショ−化してしまったのだか、ナチス時代のベルリンのヒットラ−五輪を上回るこんな政治宣伝過剰な五輪ショ−の開会式は、不愉快極まる。
 人権弾圧、信教の自由弾圧、内陸の出稼ぎ人差別など、中国の数々の中国の矛盾問題とは別に、主催国である中国政府のこんな中華的センスに首を捻らざるを得ない。
 村上新八