古寺です。

Karura Asagami さんは書きました:

> 2 春日三球照代「地下鉄はどこから入れるんでしょうねぇ」上野編

>  ています。「こんな所にアレがあるのか?」と思いながら地図の場所の、
>  入谷口から高速を挟んだ反対側に行ってみると、ホントにありました。上

確かにここは、三球照代時代にネタ(ばらし?)の一つになっていたよ
うな...

>  野検車区。なんでこんな所に。

東京地下鉄道の本拠地みたいな場所ですね。
当時は地下検修施設という発想も無かったでしょうし。

#最近の路線の方がよっぽど突飛な場所に有るような。理由は知っ
#てますが今里筋線... 大阪というと森ノ宮でも「?」でしたし、
#地下の線形を知らなかった頃には阪和線鶴が丘の先でも「なんじゃ
#こりゃ?」で。

ただ昭和通りの上に高速が通って両脇がビルという時代になってか
ら(しか知りませんけど^^;)「口」の部分が目立たなくはなったよう
で。地下鉄の踏切ネタでTVなどに取り上げられるので、なんとなく
この辺にこういう施設が有ると知る人ぞ知るみたいな。

#バイク街めぐりで疲れて、角っこの自販機で一服付けてたら、そ
#れほど広くない道の向こうを銀座線が横断...みたいな感じで。
##そういやアルミの電車になってから見てないやw

> 5 春日三球照代「地下鉄はどこから入れるんでしょうねぇ」両国編

実は漫才ブームの時点で、どこから入れるか自明な地上直通の地下
路線って、とっくに一般的だったんですよね。それでも、ここみた
いに営業列車が出入りしてるのが丸分かりな路線は敢えて無視して、
地上との出入りが謎の線をわざわざ探してTVの便乗企画が作られて
たような感じでした。
当時だと、両端が繋がってない都営新宿線の区間開通で、わざわざ
搬入風景が時事ニュース+三球照代ご出演で取り上げられたり(^^;
最近だと、みなとみらい新線でもレール切り替え前に訓練車を入れ
るのにクレーンでやったそうで。
生まれる前の話で後に知ったのですが、日比谷線が恵比寿側で区間
開業した際、中目黒の開口部を一度開けて仮線通し、東急学芸大学
駅先の碑文谷工場から搬入したそうで。だったら最初から中目黒開
業しておけばよさそうなものですが、方向別乗換駅+引上げ線を備
える一高架駅の建設に時間が掛かったんでしょうね。
てなわけで、総武快速線はあんまり三球照代でないような気がします。

>  用ホームよろしく古ぼけたホームがあるのを発見。相撲を見に来る団臨で
>  もあるのだろうと思いながら両国を出発すると、前から総武・横須賀線快
>  速がやって来ます。「おい。どこから潜るんだ?」 時刻表の地図では錦

緩行線からだと分かりにくかったですかね。

>  糸町から緩行線と分かれていますが、竹田が思うにかなり両国に近いとこ
>  ろで潜っているのではなかろうかと。とすると、両国で川を下越しします
>  から、どれだけの勾配で潜るねん? と。以前、品川側の入り口は発見し
>  ましたが、錦糸町側の入り口はどこなのかという新たな使命(?)が出来
>  ました。

えーっと、自己解決を望まれるならクリックしないで下さい(^^;
http://maps.google.co.jp/maps?ie=UTF8&oe=UTF-8&hl=ja&q=&ll=35.696192,139.793987&spn=0.005367,0.006856&t=h&z=17&om=1

正確な位置だけなら写真を被せない方がいいかもしれません。
頭上の地下線/地上線の区分は、完全に頭に蓋が被さる地点、すなわ
ち建築限界高さ+土被り分は掘り割り状に下がったところまで地上
線で描かれてますね。勾配が急なのは確かですが、国鉄型MT半々で
も電車ならどうにかなる範囲です。

#40‰だっけかな?

補足ですが、今でも大ざっぱな地図で見ると総武の東京地下線は両国
あたりで本線に取り付いています。構想として、また平面図的に両国