「 政治大国を望む日本に謝罪を要求せよ! 」
             
            これら一連の動きはいかなる国際状況の中で繰り広げられたか。
            天安門事件という「人権弾圧」によって国際社会の信頼を失った中国に対して、日本はPKOなど国際貢献にも熱心な経済大国として国連安全保障常任理事国入りを目指しており、アジアのリーダーと自他ともに認められつつある時期であった。
            このまま行けば、国際社会における対日評価はますます上がり、アジア覇権を確保しようとする中国の国家戦略は頓挫することになる。

            この事態をいかに逆転したらいいか。
            1991年12月に冷戦終結が宣言された事を受けて中国政府は翌92年に対日政策専門のシンクタンクを設立し、対日戦略を練っていた。
            そして、そのシンクタンクが93年8月に中国外務省に提出した報告書には、「中国やアジア諸国が謝罪を求めるのは道理があるだけでなく、日本は政治大国化を望んでいるため、この問題を取り上げるのに適当な時期である」と指摘してあったという(1993年8月25日付香港英字紙スタンダード)。
            日本の政治大国化(自衛隊のPKO派遣によって対日信頼感がアジア諸国内で増していることや日本の常任理事国入り)を阻むためには、「過去の謝罪問題を取り上げるべきだ」というのである。日本の政治大国化(普通の国家となること)を阻止するために「歴史カード」は有効だと判断しているのである。

            こうした中国外務省の対日戦略に呼応するかのようにアメリカでは、1993年9月27日「中国人同盟」が、日本の国連安保理入りに反対して細川首相の国連本部訪問に対する抗議デモを実施している。
            そしてその翌94年12月に、世界各地の反日活動家たち300人余りがカリファルニア州に結集して、アイリス・チャン女史のバックでもある「アジアにおける第二次大戦の歴史を保存する世界同盟」後援による『南京大虐殺』57周年世界記念会議が開催された。この会議では、日本の戦争責任を徹底的に追及し、謝罪と補償を求めるとの運動方針が確認された。
            これらアメリカの中国系反日組織が中国政府の宣伝機関であることは明白であるが、中国の対日戦略に沿ってアメリカで、カナダで、台湾・香港で、日本の侵略を非難し謝罪と補償を求める世論を形成する運動が大々的に展開され、「南京大虐殺の日本」というマイナス・イメージは確実にアメリカの世論に浸透していった、という事実は無視できない。

            総理の靖国参拝問題も、中国のこのような政治意図でもって見ないと何もみえてこない。
            靖国問題を単体で論ずることの無意味さを指摘しておきたい!
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