「ノーセックス」

 ある大脳生理学者によると、
「古い考えを…意識主体にどのくらいの快楽を感じさせるかは、
DNAのプログラムによって決定されており、麻薬を使う以外に我々は、
快楽を増大させることが出来ないのだ…という古い考えを、
我々人類は捨去るときが来たのだ。

 なぜなら、性的末端から脳に送られてくる情報の量は、末端へ
送り出される情報量とほぼ同じである。が、脳内の酸素消費量を
調べると、脳は、性的末端から入ってきた情報を(10の16乗)倍に
増加させている。この幾何級数的に増加した情報は、
全て快楽情報であり…(中略)…要するに、
一番感じているのは脳自体である。その脳は、
最高の快楽を我々の意識本体に伝えていないのだ」というのである。

 
 「えっへ」と、新聞を読んで、おれはちょっと笑った。
もちろん「じゃぁ、人間の脳には、我々が感知しえないもう
ひとつの意識主体が存在するかも…」などと、漁師であるおれは
考えたりしない。すぐに、"かぁちゃん"のいるダイニングキッチンに
報告に行った。


 十分後、ステンレス製の調理台の前に座った女房の頭をおれは
開頭し、その脳を台の上に置いた。次に女房が、おれの脳を
同じように取出し、女房の脳の横に仲良く置いた。
女房が出した結論は…

 「あの渡辺淳一先生さえ知らないような快楽の世界を、
"愛の流刑地"を超える快楽の世界を、アタイは経験するのよ。
死ぬ死ぬ、とか、殺してぇー程度の快楽じゃないはずよ。
LET IT BE♪な快楽が、脳同士の直接セックスによって得られるのよ。
脳が悶えるのよー」であった。

 女房に言われるがまま、おれは二つの脳を、ヤキソバの麺のように…
頭の中から伸びた神経がつり橋のように繋がっているのを、
うまく避けながら…ほぐした。
 そして、おれは、おれの脳と女房の脳を、何人もの女を逝かせた指と、
手の平で、揉んだ、そして、撫でた、そして、つかんだ、そして、
混ぜた。頃合を見計って隣に座る女房に尋ねた「どう?」。

 そうすると、
「へたくそぉー」と開頭したままの女房が叫んだ。
 さらに、
「がぁー、何にも感じないわぁー」と開頭したままの女房は絶叫した。

 人生の終りはいつも突然やってくる。明日の死を覚悟している者は
今日息絶えるのであり、一時間後の死を覚悟している者は、
数分後に死を迎えるのである。そして、死を覚悟できていない者は、
今すぐお迎えが来るのである。

 女房の罵声に、おれは全人格を、全人生を、否定された気分となり、
調理台の近くにあった牛刀を、二人の脳の上に振り下ろした。
しかし、牛刀はおれの脳にだけ当った。


 そのあと、椅子にぶつかりながら倒れていくおれの脳に誰かが、
話しかけてきた。

「こんにちわ。君の脳内にある通常は認識することが
出来ない脳内意識よん。君の奥さんの脳内意識からのお別れの
伝言を伝えるね。
 "表彰状。君は世界最高のセックスの達人であった。
しかし私はそのほとんどの快楽信号を、私の快楽の為に使った。
だから奥さんの快楽レベルは、不感症レベルだったろう。
ごめんね。"
  …なんだって、君はかわいそうだね。君が逝かせたと
思っていた女性達も、演技だったりして…。(笑い)

 えーと、君ともお別れだね。
まあ、おれたちは有性生物がいるかぎり、
その脳内で発生し、没我的に快楽を味わいつづけるだけだから、
死なんて恐ろしくないけど、君達はつらいだろうね。
じゃあ、善良でスケベなひとよ、永遠にさようなら。」

 そうしておれは、
まだつづく、女房の「へたくそー」という罵声の中で、
死に到達した。

(OWARINN)

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