「知」の大切さを強調するが故に「知らないことを自覚することが大切だ」「汝自身を知れ」と唱えたソクラテスは偉大な「問答家」であった。彼は、その弟子プラトンのように、学校も作らず、本も書かず、学校の先生であったこともなかった。ただ、アテナイの広場で若者相手の哲学問答に明け暮れたという。
 ソクラテスの問答のやり方はユニ−クで、滔滔と哲学らしきことを喋っている若者をつかまえて、何も知らないふりをして、次ぎからつぎえと質問を浴びせかけながら、その答えを誘導して、相手が思いもしなかった結論に導くことによって相手を混乱させ、知ったかぶりをしていたことを自覚させたという。これが「エイロネイア」である。
 いまひとつはのやり方は、「マイエウティケ−」というものである。相手に質問をひっきりなしに浴びせかけることは同じだが、そのなかから相手の持っている観念を分析して、当人が意識していなかった新しい思想を生み出すのを助けたのだという。
 「自分の仕事は、人間が正しい理解を生み出す手伝いをすることだ。他人が接木をすることはできない。自分のかなから産み出された知だけが本当の理解だ」とソクラテスは言ったが、それはこのようなソクラテス流の問答を指していたのである。
 これは現代風に言えば「カウンセリング」である。しかし、それは「聞いてもらってよかった」「すっかり話してスッとした」的なレベルのカウンセリングではなく、ソクラテスは、はるかに論理的、立体的な素晴らしい「カウンセリング・テクニック」の持ち主であったと言えそうである。
 村上新八