From(投稿者): | 谷村sakaei <tanimura11@nifty.com> |
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Newsgroups(投稿グループ): | fj.soc.politics |
Subject(見出し): | 《大原則を何で強く主張しないのか》 |
Date(投稿日時): | Wed, 1 Dec 2004 08:07:16 +0900 |
Organization(所属): | @nifty netnews service |
References(祖先記事, 一番最後が直親): | (G) <coiu9b$mcr$1@news511.nifty.com> |
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《大原則を何で強く主張しないのか》 日本には日本固有の美学がある。 島国で培われた、暖かいものだ。 乃木大将が旅順陥落にさいし、講和を乞う敵将ステッセルに、記念撮影で帯刀を許した逸話は有名だ。 死者を鞭打ち、足蹴にして平気な中国にはこの日本の美学は理解できない。 当時の国会は、敵に捕らえられ人権無視の不当な裁判で絞首刑にされた国の指導者を全会一致で戦死者としてあつかった。 これは日本固有の美学によるものだ。 日本固有の道徳心に起因している。 英雄を誰にしようと、歴史観が180度違う隣国から干渉をされる筋合いもののではない。 これは大原則じゃないか。 こんな大原則がありながら、何で強く主張しないか。 全く気が知れない。