ここはちょっと郊外の30坪ぐらいの土地になーんかめいっぱいに
建ってるいかにも建売住宅の台所、娘が冷蔵庫の中身をつまみに入っ
てくる。

おかーさん「かずえ、どこにいっていたんだい
      うちの手伝いもしないで、ほんとにもう、
      そうそう、なんか宅配便がおまえにきているよ」
かずえ、冷蔵庫のボンレスハムを3枚ほど口に咥えながら
かずえ  「どこ、その宅配便?」
おかーさん「おまえまた変なもの買ったんじゃないのかい」
かずえ、それには答えず、すたすたと玄関の靴箱の上に置いてあっ
た宅配便の小箱を抱えて戻ってくる。
かずえ  「ね、ね、これすごいんだよ、
      ケイタイの消火器!スプレー式なの、
      これならおかーさんでも安心よ」
おかーさん「またへんなものを…」
かずえ  「そんなこというんだったら、
      ほんとにすごいことみせてあげるから
      そこのてんぷら鍋に火つけて、」
おかーさん、かずえの『ほんとーにすごいもの』の言葉に負けたの
か、日頃見慣れたテレビショッピングの洗脳で日常感覚がおかしく
なっていたのか、昨日使ってそのまま油が入ったままのてんぷら鍋
をもうもうと油煙がたつぐらいまで加熱する。かずえはその間に、
宅配便の小箱を開けて、スプレー缶を取り出し、からからと振って
中身を確認している。
おかーさん「かずえ、こんなものでいいかねぇ」
かずえ  「こんなものかなぁ、それじゃ火つけて」
おかーさん「あたしがするんかい?」
かずえ  「だってあたしがやけどしたら大変じゃん」
おかーさん「おかーさんはやけどしてもいいのかい?」      
かずえ  「いいから、ほら、はやくぅ」
そこに電話が鳴る
かずえ  「おかーさん、ほら電話」
おかーさん「おまえが出てくれればいいじゃないか」
かずえ  「あたし火みてるから、」
おかーさん「しょうがないねぇ」
おかーさん廊下の電話台まで移動する。そこにかずえのケータイが
腰砕けのメロディを響かせる。
かずえ  「あっ、けーこからメールだぁ」
かずえがケイタイにカチカチと懸命にメールを打ち込んでいるうち
に、てんぷら油の鍋に火が引火する。おどろくかずえ、あわててケー
タイをてんぷら油鍋に投げつける。しかし、ケータイで火が消える
訳もなく、たちまち火は台所の天井に滞留していた油煙に引火、天
井の合板がちりちりと燃え始める。この騒ぎに驚いて戻ってきたお
かーさん、火事場の馬鹿力か、かずえの襟首をむんずと掴むや、一
目散に家の外に飛び出した。近所の人が通報したのか、消防車がま
もなくやってきてホースで水をかけ始める。燃える家、集まる野次
馬、そこにおとーさんが帰ってくる。
呆然自失で地べたにヘタリこんでいるおかーさんとかずえを見つけ
て、なにが起こったのかわからない。
おとーさん「おまえ、かずえ、ただいまー、おとーさん帰ったよぉ
      どうしたのこんなところで?」