国際政治における正義
日本人の多くには、ずれた感覚をおもちの方が多いようだ。毎日の政治、そしてこの
ニュースグループでも新聞ネタ流しっこをして何か政治を考えた風な気分になってい
る馬鹿が多いと言うことであろう。新聞ネタに上ってないことでもちょっとは考えて
みようね。結論はともかくとしてだ。国際政治における正義って何だとお思いですか
?こんなことは考えたことも有るまい。
考えるヒントも含めて、(1)「正義」の主張を現状に満足するものが問題にするだ
ろうか?勿論悪の主張も然り。ここで言えることは現状に満足できないものが叫ぶ台
詞であると言うこと。(2)次に、現状を変えることなど不可能だと知りつつ「正
義」を叫ぶことも誰もしないだろう。無駄だから。(3)このことから、「正義」と
は現状を変えようとし、しかもそれが可能だと当人が思う場合に用いられる台詞であ
ることがわかる。当たり前と言えば当たり前の話。
では、よりよく国益を追求しようとすれば「現状を変えよう」とするのは当たり前
で、これは語るに及ばない。しかし、現状を変えるのに「可能な力があるか否か」、
これは問題としなければならない。「可能な力」としては次の三点に凝縮される。
・巧みな対話外交をする
・国際連合に訴える
・武力を用いてねじ伏せる
もし、このいずれをも実践不可能な国家は常に泣き寝入りを甘受せざるを得ない、国
際社会の負け犬である。国際社会の多くの国々はこれをよしとせず、最終的には「武
力を用いてねじ伏せる」道を捨てることはしない。ところで、日本はといえば「国際
連合に訴え」ればどうにかなると言うことと、「巧みな対話外交」でどうにかなると
する立場に現在は立っているといえよう。
評価をしよう。「巧みな対話外交」などまず不可能である。ここのニュースグループ
に登場する馬鹿国民を見れば明らか。国民には政治家を馬鹿だと詰る者が多いが、馬
鹿政治家は薄ら馬鹿な自分達の鏡であることを忘れている。これを見れば「巧みな対
話外交」など期待すべくも無い。無いものねだりはおよしなさいと言われるのがオチ
でしょうね。
残りの「国連に訴える」はどうか?日本は現在、この国連に訴える行動を頻繁には
とっていない。なぜか?それは国連の実態を知るのが怖いからであります。もしこれ
を知って、すがるものなど無いことが論理的に明らかになれば、これまで日本がとっ
てきた「行動のアイデンテティ」は完全に失われる。
かくして、途中をすっ飛ばせば、国際政治における「正義」とは<自己のアイデンテ
ティの主張>以外の何物でもないのであって、したがってそれは複数存在し得るもの
である。日本は今大戦の責任を思い自ら進んで「正義」を語れない立場にある。これ
がますます日本のアイデンテティを希薄化させている。
Fnews-brouse 1.9(20180406) -- by Mizuno, MWE <mwe@ccsf.jp>
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