「羨望の高市 ( 仮 ) 」 第一話 「嫉妬」
「羨望の高市 ( 仮 ) 」
第一話
「嫉妬」
日も暮れかけて , 久々に今日はこれから業界人らしからぬ一般的退勤時刻を
満喫できる , という考えが頭をよぎったその時 .
「高市 ( 仮名 ) クンて」
後ろから聞覚えのある声──
「ああいうコが」
──上から妙な圧力をかける事を隠そうともせずその声は続ける .
「好みなんだ」
K ( 仮名 ) さんだ .
無意識にだろうか更に何か呟いておられる ? .
顎関節を固定したまま早口な小声で──
「へえーコリャマタびっトゥりだね ! 」
等と聞こえた様な聞こえなかった様なと思った刹那 .
再び明瞭さを欠いた小声で .
「コリャマタ ! 」
何か恐ろしい事が起こっている気もするがどうあれ
光栄な事に何故か自分は大先輩によく構って貰える .
が , 何故か必要以上に上から目線でという事が多い気もするのだが .
もっとも大先輩の視界に等入れて貰えずとも不思議のない自分に
こうしてかしこまらずにお言葉をかけて下さるだけでも
業界に生きる者としてそうそうない幸運であり ,
とすればここはいつも通り邪険にならぬ様に笑みを伴わせつつも
但し今回はひとまずトボケるのが大人の嗜み .
「と , 仰いますと……」
ここで、私のタイプは K ( 仮名 ) さんの様な女性です , と
茶化さず落着き払った態度で正面から見据えて言える様なら
違う人生もあっただろうがさて置き ,
アアイウコ , とされた人物が誰を差しているのかは確信的推論の範疇に属する .
今日の新番組初収録 .
K ( 仮名 ) さんは通りすがりに覗いたのだろう , 不覚にも気付かなかった .
「コリャマタ !
...
あっゴメン私の見間違いだったかも ,
高市 ( 仮名 ) クンは仕事中に浮かれたりしないものね」
一応は我に返って頂けた事は朗報と言えようが
トボケはさり気なく受け流されたのだろうか .
確かに彼女はカワイいしスタイルもいいしで国民的大人気グラビアクイーンだ .
だからこそ収録では今にも愛の告白をしてしまいそうに踊る心を ,
その魅力に抗えず途切れそうになる意識を , 力任せではあったものの
完璧に制御し通し , 更にゴシップ記事対策にとあえて冷たい態度をも織り交ぜた .
筈だ .
完璧の筈だ .
我ながらプロのシゴトと誇っていい筈だ .
誰にも気付かれていない筈だ .
「誤解しないで欲しいんだけど , 私は職業人としての心得を言いたかっただけなの .
分かるわよね」
こうして無料でアドバイスを頂ける事もやはり得がたい幸運──
じかも K ( 仮名 ) さんクラスからとなればもはや守護神が憑いたも同然
──ではあるのだがやはりさっきのトボケは受け流されている様だ .
それに , 誤解 , と何か仄めかしておられる様だかそこに乗る事は避けたいものだ .
「誤解というのは , その , 済みません良く分かりませんが ,
仕事ですから , 何て言うか , いい意味で , そつなくこなす事は大切ですよね」
「それならいいんだけど , 私に , 勘違い , される様ではねぇ」
……何かを根に持っておられるであろう時の物言いだという事は
今更改めて言うまでもない .
誰にも気付かれていない筈なのだが .
「仰しゃる事分かります .
確かにグラビアの関係の方とお仕事をさせて頂くのは光栄です .
只生意気な言い方ですが誰とであれ仕事に徹する事が私のモットーです .
御言葉肝に銘じます」
「そうよねえ , 私との収録の時は浮かれたりしないで
プロとしてとっても凛々しくシゴトを貫いてるものねえ . 私との時は .
でもグラビアの関係とかの意識あったんだあ .
やっぱりねえ .
そりゃあるわよねえ .
ない方がおかしいもんねえ」
少々薮蛇だった…… .
しかし完全に何かを根に持っておられる .
それが何を意味するのかは先程の誤解云々も併せるともはや明白なのかも
知れないがそれについて考える事は避けたい . いわんや言語化する事をや .
いやそれ以前に誰にも気付かれていない筈なのだが .
「そんな事ありませんよ ! , K ( 仮名 ) さんとの収録の時こそ
内心浮かれて失敗しない様にと大変なんですよ , 毎回 ! 」
悪い癖──ついカルいノリで .
そうでなくやや大仰に言えば全身で受止める器が欲しいものだが ,
そう簡単な話でもなく己の未熟さを再確認せざるを得ない .
だがそこまで望むのは人の世においては欲張り過ぎであって
そのある意味欲張りな気持ちは持ち続けつつも
行動としては気休め的な事をカルいノリで言わせて頂き恩返しの足しにする
という程度で妥協すべきなのかも知れない .
そしてその妥協に対し──
K ( 仮名 ) さんとっさの ? 咳払い .
お怒り , という訳ではなく逆に一瞬気を引き締める必要があった様だ .
だがそれでも明らかに , 見るからに上機嫌に .
「上手い事言っちゃって . ホントにあなたは世渡り上手よねー .
感心しちゃうわ . でもお世辞でも嬉しいわ .
所で . 今日は , この後 , たまたま , 時間がとれそうなんだけど ,
でも長くは駄目 . 一時間位よ . 今週ちょっと忙しいんだけどなあ ,
もし , 高市 ( 仮名 ) クンがどうしてもって言うなら , そうねえ ,
何とか空けてもいいんだけど ? . いや待てよ , どうかなあ空けられるかなあ」
話しながら体制を戻した様だ , また妙な上から目線 .
時々皆でご馳走になるあの店にでも連れて行かれるのだろう .
二時間コースだな , と思いつつ .
「何を仰いますやら . 喜んで , と言うかどうしてもお供させて下さい .
ご馳走になります」
世の常として , いや今日はそれ以上に ,
断るという選択肢が用意されていよう筈もなかった .
いつもなら丁重に別の日のアポイントを提案させて頂く余地位はあろう
というものだが今日は , 新番組初収録 , があったのだから .
更に常日頃目をかけて頂き面倒を見て貰ってもいる事を考慮すれば
少々いや多少の無茶にも素直に従うべき状況の判断が試される .
他に恩返しやなだめる為の名案があれば話は別だがここは適切な判断を以て
──お供させて頂こう .
「そっ . 今日もちゃんとお酌しなきゃ駄目よ」
よろしい , とでもいわんばかりに K ( 仮名 ) さん .
「勿論 . 勿論 , 喜んでお酌させて頂きます . いやホントいつも光栄です」
「本トに喜んでるぅ ? 」
「当たり前じゃないですかあ」
先程の K ( 仮名 ) さんの単語選びに合わせた
敢えて微妙に世俗的な同じ単語を用いての少々砕けたこちらの表現に対し
K ( 仮名 ) さんも敢えてか否か更に同じ単語を織込みやはり砕けた表現で返す
という目指すべき流れを期せずして上手く成立させるに漕ぎ着けたこの瞬間は──
──件の美女に対しての冷たく接する振りを今日より更に油断なく貫くという
秘境探検にも匹敵する困難な道のりを選択した瞬間でもあった .
( 今カノへの埋合せも考えないとなあ )
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