何もいらない
汚染なき
空気と水と食物と
生きてゆける住処と
愛ある人たちとの暮らしがあれば

世界はこんな人々に満ちているのに
そのだれもが死の時には
愛の思い出だけを握り締めて
絶望とあきらめの船のようなもに乗って去ってゆく

何もいらない
黄金と
独り占めする地平線と水平線と天球があれば

世界はこんな贅沢を手に入れた人々がいるのに
そのだれもが死の時には
愛の思い出だけを握り締めて
一片の安らぎも買えずに船のようなものに乗って去ってゆく

何もいらない
元素と宇宙と時空間さえあれば
創造のその意思にもかかわらず
ゴミのように愛と反対のものが
やすらかな寝顔でどこかから船のようなものに乗ってやってくる

僕たちは船のようなものの正体を見ているのに
何も見えない
ただ入船の歓喜と出船の涙を見ているだけだ
どこかで無数の出船の たった一つの汽笛が鳴っている