《イデオロギーを超越した課題が問われている》


「核反対」「非核3原則を守れ」

いかに叫ぼうと、叫んでいるその真上で水爆が爆発する。

「核反対」と紙面をっている朝日新聞の真上で北の核兵器が炸裂し、朝日新聞記者は高邁な記事とともに蒸発だ。

核の爆発は左翼も、右翼もない。
イデオロギーも宗教も関係ない。

北の核攻撃をどう防ぎ、二度と核兵器の惨禍に会わないですむか?
核抑止をどう保有するのか?

確実な抑止力をどう保有するのか?
これはイデオロギーや宗教などを超越した国民共通の課題だ。

核抑止力は100%確実でなければいけない。

絶対的なものでなくてはならない。

どう絶対的な抑止力を確保し、核の惨禍にあわないようするか?


イデオロギーを超越した課題が問われている。


《日本国民の生命がかかっているの》


アメリカの核抑止力に頼るというが?
100%確実なものといえるのか?
絶対的といえるか?

アメリカ議会を見よ。

「日本は20万人もの韓国国民を家からさらい従軍慰安婦にした」、として?
アメリカ議会は日本国民を糾弾したではないか。
「ありもしない韓国が流したデマ」を信じ一方的に日本国民をたたいた。

北朝鮮がいろんなデマを用い、「だから日本国民に核攻撃したのです。」
と頑強に主張したとき、アメリカ議会がそれに同意しない保障がどこにあるか?

アメリカは北のデマに影響され、お茶を濁す可能性だってあるではないか。

こんなことで核抑止力になるか。
日本国民の生命がかかっているのだ。

甘えは許されない。
妥協も許されない。

信頼できる核抑止力の研究は絶対すべきだ。