In article <41870559.E41A5648@cool.odn.ne.jp>, " writes:
> 当初、京都どまり(これが「そもそも」に見える)半分、草津、湖西(主に
> 堅田?)それぞれ1本/hくらいでは無かったでしたっけ。

  ブルーライナーの頃は京都―姫路2本/h、西明石―草津・堅田各1本/hがデータ
イムのパターンでしたね。

> で、前の段を書いていて、網干的な終着として草津時代の野洲着発が
> あり、草津〜野洲各停だったのを思い出しましたが。これってひょっ
> として(見るからに^^;)、栗東駅が彦根延長以降の新駅だとか、そう
> いうオチなんでしょうか?

  117系導入後、データイムだけだった新快速の、それ以外の時間帯への拡大の
第1段として、夕方通勤時間帯に上下1〜2本ずつの新快速ができ、これの上り1本
が彦根行きだったのが、野洲以東への新快速延長の始まりだった記憶があります。
この時は草津から各駅停車で、まだ草津以東を速達運転する定期新快速はありま
せんでした。珍しかったので1度全区間乗ったことがあります。
  その後、データイムにも彦根延長が行われ、草津以東も速達運転になったので
すが、このときは車両数の関係で米原には伸ばせなかった、という話を聞きまし
た。車両増備で可能になったか、後に米原延長が実現しています。栗東駅ができ
たのは、少なくとも草津以東の速達運転が始まるより後です(おっしゃる通り)。

> そうなんです。前の記事元々は自分の目が届く西側の例で書いてたん
> ですけど、未来永劫「後から末端を通過運転するようになる」は無さ
> そうだなと思いまして。

  上記の彦根延長の他、湖西線内もいったん新快速が各駅停車化してから、速達
運転に戻りましたね。

  実は、上述の栗東に似た例に、西岐阜があります。まだ西岐阜駅がなかったこ
ろ、岐阜―大垣で無停車だった快速が、穂積に追加停車し、その結果、岐阜以西
が各駅停車区間として扱われるようになったように見えました。しかしその後、
西岐阜駅ができたとき、快速は停車せず、このことによって、岐阜以西各駅停車
とは考えられていなかったことがわかったわけです。さらにその後、穂積も通過
の上位の快速が一旦できたあと、結局現在は岐阜以西が各駅停車になってしまっ
ています。
                                                nide@ics.nara-wu.ac.jp